2008年4月15日火曜日

まだこんなところも


大方散った桜だが、、まだこんな満開もある。

2008年4月14日月曜日

迂回

首都高速5号線で事故渋滞(飯田橋から竹橋ジャンクション手前まで)。

ナビ指示で、北の丸でおりて飯田橋から再度首都高にのる迂回ルート。

大成功

2008年4月13日日曜日

鴎と遊ぶ



川べりを休息場にしている鴎たち、時にベランダに餌を求めに来る。

開宴



久々に野外BBQを企画していたが、悪天候(小雨・気温低下)で中止を決断。
しかし、調達した食材の消費の為、半屋外で強行、強引な開宴となった。
最近、いわゆる備長炭が手に入りにくくなって備長炭風オガ炭を使用した。
火付きはよいが火持ちは悪い。
鴨胸肉のマンゴジュースづけが、なかなか焼けない。



名残の桜



たった一週間前の満開が・・・・散ることをおそれない名残の桜か?

2008年4月10日木曜日

そして、伊勢廣

やはり伊勢廣の焼き鳥は珠玉だ。
特にコースの口開けでだされる笹身さび焼きの絶妙の焼き加減は、ただただ賞賛

オフィスビルの地下に

「伝統と斬新が入り交ざり、時間軸が交叉する雑多な街」がコンセプトらしい。
興味深々

春雨にけむる丸の内

春雨じゃ
でも、、濡れたくはない。

都心オフィス街の昼間、雨で人通りも少なく、うら寂しくも感じる。

『ラ・マンチャの男』



帝国劇場で『ラ・マンチャの男』を鑑賞。
名優・松本幸四郎の演技にすきはない。さらに2002年公演以来アルドンサを演じる松たか子が上手い。完成された舞台とは、こういうものというお手本であった。


夢は稔り難く (ゆめはみのりがたく)
敵は数多なりとも (てきはあまたなりとも)
胸に悲しみを秘めて (むねにかなしみをひめて)
我は勇みて行かん (われはいさみてゆかん)
道は極め難く (みちはきわめがたく)
腕は疲れ果つとも (うではつかれはつとも)
遠き星をめざして (とおきほしをめざして)
我は歩み続けん (われはあゆみつづけん)
これこそは我が宿命 (これこそはわがさだめ)
汚れ果てし この世から(けがれはてし このよから)
正しきを救うために (ただしきをすくうために)
如何に望み薄く 遥かなりとも (いかにのぞみうすくはるかなりとも)
やがて いつの日か光満ちて (やがていつのひかひかりみちて)
永遠の眠りに就く時来らん (とわのねむりにつくとききたらん)
たとえ傷つくとも (たとえきずつくとも)
力ふり絞りて (ちからふりしぼりて)
我は歩み続けん (われはあゆみつづけん)
あの星の許へ (あのほしのもとへ)

                  (福井峻訳「見果てぬ夢」<騎士遍歴の唄>)

観るたびに印象が違うのだが、今回は…
やはり夢は破れ、正義はならず孤軍奮闘は敗れるかと…
  わが最期のときアルドンサは駆けつけてくれるだろうか

2008年4月9日水曜日

長寿医療制度=長寿”阻止”医療制度?

通称が「長寿医療制度」となったらしい後期高齢者医療制度。
最近は、つい昨日決まったかのようにマスメディアも騒いでいるが、あるブログでは

もしかしたら
長寿阻止医療制度
の略だったりとかー?


それは国による虐殺



寒々とするが・・・・・・・・・・笑えない

2008年4月8日火曜日

花散らしの雨

葉桜が雨にこごえ

2008年4月7日月曜日

完熟マンゴー一番果


宮崎産完熟マンゴーの一番果が到着。
もうそんな季節だ。
酸味はほとんど感じられず、濃厚な甘み。
だが、ややさっぱりしすぎな味わい。

2008年4月6日日曜日

春うららの花見日和

圧倒的に春です
散歩に行った公園では、まだ咲き誇る桜と

花見を楽しむ人びとが

2008年4月3日木曜日

桜満開2

2008年4月1日火曜日

「後期高齢者医療」→「長寿医療」 名前は変わっても

「昔名前ででています」そんな懐メロを口ずさみつつ、
こっちは名前だけ変えて
何を目指そうというのか?と、思う。

名まで偽り、その実をたばかるとは、おぬし益々怪しい。
 狼藉ものめ
!


2008年3月30日日曜日

坐唯杏

このところ、池袋での観劇後の飲み会は別の店を利用することが多かったので、坐唯杏は久しぶり。

坐唯杏といえば、まずは?「四川坦々うどん」。その辛さはかつてよりやや手加減されたようにも感じたが・・・

予約時注文の「鯨の尾の身」は絶品、とろける。

本日までの「クエ鍋」も賞味した。


なんと幸運な出会いもあって、大満足。

キャラメルボックス公演『きみがいた時間 ぼくのいく時間』


初日につづき二度目の観賞。
まず何よりも、ヒロイン紘未演じる西山繭子が堅さがぬけて格段に良くなっている。
冒頭のダンスシーンから、まるで年来の劇団員であったかのように周りにとけ込んで、息のあったところをみせる。
芝居全体のテンポも益々ヒートアップ、主役の上川隆也の生き生きとした演技がさえ渡り、語り手役もつとめる岡内美喜子が見事に芝居を転回して演じわける。
二幕、そしてラストシーンを知っているだけに、一幕後半からもう目頭が・・・
休憩をはさんで二幕は、抑えた演技の坂口理恵が良い。想えども報われぬおもいを、ただつくすことで遂げる女性を好演する。今回は梶尾真治の原作も読んでのぞんだのだが、原作に坂口演じる純子の設定はない。しかも、ラストシーンが少々違ってもいる。
実は、ラストシーンは原作の方が好みなのだが、純子(坂口)の存在故に、成井豊脚本のラストも是とすべき。

どこかに未来から愛する者のために時を越えてきた人がいるんじゃないだろうか。
いつか自分を救うために、誰かが時を越えて来るんじゃないだろうか。
そんなことを信じてみたくなった。

できれば、もう2.3回観てみたい。

2008年3月27日木曜日

森本にて

Bunkamuraシアターコックーンで観劇後は、やはり森本。
鶏刺し、レバー刺し、つくね刺し(冬季限定:まだまにあった)から始まり、

焼き物はうずら、つくね、




血肝、はつ、しそ巻き・・・


矢継ぎ早に注文し、テンポ良く喰う。
それが森本の流儀。
本日もご馳走様でした。

桜満開




実は、生来の天の邪鬼。
桜はあまり好きではない。
時季が来ると、これ見よがしに咲き誇っているように見えてしまう。
桜の季節というのも、出会いというよりむしろ別れの季節という印象の方が強い。
だが、、その姿は美しい。。

2008年3月9日日曜日

梅かおる大本山

2008年3月6日木曜日

二兎社公演『歌わせたい男たち』


紀伊國屋ホールで二兎社公演『歌わせたい男たち』を鑑賞。作演出は二兎社主催の永井愛。何故か、今で永井作品を観る機会がなかったが、今回は再演となるこの芝居の評判の高さを知り、楽しみに出かけた。
「歌わせたい男たち」の歌わせたい歌とは、「君が代」。

都立高校の音楽講師の仲ミチル(戸田恵子)は、初めて迎える卒業式で、国歌斉唱の伴奏をするようにと校長の与田(大谷亮介)から命じられるが、、ピアノが大の苦手、アガリ性でもある。「私のせいで厳粛な式が台無しになっては……」と、早朝から音楽室にこもり練習に励むが、極度の緊張で具合が悪くなる。そこへ与田や英語教師の片桐(中上雅巳)、社会科教師の拝島(近藤芳正)も出入りして・・・・・・。
 実は、「君が代」の斉唱を拒否し、着席してしまう者が出たら、校長の指導力が問われかねない事態に、ピアノ伴奏者への期待は大きい。

芝居は、不起立・斉唱拒否を貫こうする近藤演じる拝島を校長の与田(大谷)が説得し、あの間挟まれ困るミチル(戸田)という図式が中心で進む。
随所に皮肉を込めたユーモアが、笑いを誘う。だが、笑いながら、笑ってばかりはいられない空寒さを感じる。
ラスト近く、「内心の自由」(日本国憲法19条:思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。)の重要性を説いたかつての自らの主張を暴露され、切れた与田が必死で演説する。「(起立しようと、斉唱しようと)『内心の自由』は犯されない。思うことは自由だ。むしろ、不起立や斉唱拒否は、もはや『内心』でなく『外心』(??)だ。外心の自由は保証されていない」。まさに愚にもつかない詭弁に、場内爆笑。
だが、こうした詭弁が、現実に珍しくないことに気づくと、権力の狡猾さとそれに翻弄される衆愚の危機に恐怖感さえ感じる。
考えさせられることの多い芝居だった。

2008年2月28日木曜日

キャラメルボックス公演『きみがいた時間 ぼくのいく時間』」初日


サンシャイン劇場で演劇集団キャラメルボックス公演「きみがいた時間 ぼくのいく時間」の初日を観賞。
原作は梶尾真治のタイムマシンSFもの。
独特の緊張感と熱気がただようなか幕を上げた舞台は、劇団公演でヒロイン役が多い岡内美喜子演じる秋沢真帆の独白で始まる。主演の(かつて”テレビに魂を売った男”と製作総指揮の加藤昌史にからかわれた)上川隆也演じる秋沢里志が登場、今回のヒロインで客演の西沢繭子演じる梨田紘未が加わりスムーズに導入部分が展開する。さすがに初日の為か、台詞の言い直しや微妙な間の悪さはあるが、そんなことより、3年ぶりにキャラメルボックスの舞台に帰ってきた上川の生き生きとした演技がとにかく光る。上川にからむ西川浩幸、坂口理恵、岡田達也ら劇団ベテラン陣が、硬軟緩急自在の上川をなんなく受けて投げ返す。同じ劇団で汗を流してきた役者同士の阿吽の呼吸が、小気味よい。 内輪受けギャクも目立ったが、会場が間髪入れず反応するところをみると、上川ファンで初めて劇場に足を運んだ観客より、筋金入りのキャラメルボックスサポーターの方が客席の多数派か。
「僕は39年前に行く。君を救う為に。ふたりの運命を変えるためにー」 、
 切なく熱く一途に人をおもう秋沢里志(上川)に感動させられ、時を越えるおもいがあることを信じたくなる二時間半だった。

劇団史上初の15分休憩あり。だが、その休憩も飽きさえないおまけ付き。この劇団のサービス精神に脱帽。
来月末のは再度観賞予定だが、どんな風に変わっているのか、今から楽しみだ。

客席で劇団の大森美紀子、實川貴美子をお見かけした。

2008年2月14日木曜日

プレタポルテ公演『ちいさき神の、つくりし子ら』

俳優座劇場で、プレタポルテ公演『ちいさき神の、つくりし子ら』を観賞。
マーク・メドフ 作で1980年ブロードウェイ初演の作品で再演を繰り返している。
今回は、中谷まゆみ作のハートウォーミングストーリー演出で定評のある板垣恭一が演出、主演は岡田達也(演劇集団キャラメルボックス)と自身が難聴である津田絵理奈。
舞台両端に字幕モニターが設置され、全編手話が使われる。岡田はキャラメルボックスの「嵐になるまで待って」で経験しているとはいえ、台詞を手話と口話で同時に喋るという難役、津田はクライマックスシーン以外は、すべて手話。他の出演者も、全員が手話を使う。
 ストーリーは、、
  ろう学校に赴任して来た口話教師のジェームス・リーズ(岡田)が、サラ・ノーマン(津田)という若く美  しい先天性ろうの女性と出会い、サラに口話を教えることになる。。が、彼女は口話を全く受け付けな  い。そんな彼女に興味を抱き、、やがて彼女を愛し始めるジェームスと彼に惹かれ始めるサラ。
  しかし・・・・・・
、
キャラメルボックスの看板俳優であもある岡田の演技力は危なげないが、この舞台では真摯で純粋だが心に闇を抱える口話教師に鬼気迫る演技をみせる。相手役の津田も聡明で情熱的なろう者を演じて、初舞台とは思えぬ表現力で応える。
口話&手話(ジェームズ:岡田)対手話(サラ:津田)という難しいシュチュエーションを、見事にさばき、テンポを萎えさせない板垣
演出も見事。
 
  聴者と聾者、完全聾者と難聴者の違い、差別。同化とは? 愛とは?
ひとつひとつが重く、深く心想せねばならない事柄を前に、途方にくれるとき、サラの台詞(手話)
 「互いの違いを理解することで、はじめて対等の関係になれる」 に、ハッとさせらる。 
 そこからしか始まらないんだ。

  貴方が私の力になってくれたから、私もあなたの力になれる。『結ばれる(手話)』



休憩挟んで2時間40分を、全く飽きさせず集中させてくれた。
期待以上の、名作名演だった。


岡田所属の演劇集団キャラメルボックスの俳優、三浦剛、渡邉安理、さらに日本最初の聾唖女優で2002年「嵐になるまで待って」で岡田と競演した忍足亜希子らも、場内でお見かけた。



2008年2月13日水曜日

宇宙を味わう


数名とらと二次会へ流れた。
場所は、我が青春のバー湯島の「K」。
ここのマスターがつくるドライ・マティーニが、知りうる限り最高のマティーニ。
ジンとドライ・ベルモットだけでつくられるこのカクテルは、作り手によって、その時によって、飲み手によって、それぞれ違う味わいがある。
それは、まるで、カクテルグラスに注がれた宇宙と云ってもよい。
そして、「K」のマスターは、27年前からいつも宇宙の無限と普遍を味あわせてくれる。
二杯目に頼んだジャック・ローズが、眠りを誘い、夢に落ちた。

2008年2月12日火曜日

美酒を愛でる会

本郷通りから菊坂を下り始めると、周りの様子は一変する。生活感豊かな下町風情に、何故か「帰って来たような」不思議な感覚に襲われる。
古に本郷区菊坂町七十番地に居を構えた明治の天才・樋口一葉の「奇跡の十四ヶ月」(1895年1月『たけくらべ』の連載を開始から完結まで、その間『大つごもり』、『にごりえ』、『十三夜』、『わかれ道』を発表し、その数ヶ月後逝き急ぐように24歳で夭逝した)に思いをはせながら、250メートルも歩くと、目的地である「そば処」に到着。

今夜は、我が一行総勢18名で貸し切り状態。定刻前だが、中をのぞくと、既に数名が到着。19時にはほぼ顔を揃え開宴となる。
既にグラスが三つ用意され、店の主人の説明の後で口開けとして供されたのは、いまやその名も高き蔵元となられた福井県吉田郡永平寺町の黒龍酒造の長期低温熟成純米大吟醸「石田屋」、四合正価一万円強がプレミアで五万は下らないとか、いやいや一杯数万だとか伝説の絶えない酒。口に含むとほのかな甘みが香り、するりとした喉ごしはシルクのよう、主人の御指導に従い口を閉じて喉から立ち上がる独特の木香を堪能する

さらに並ぶは、もはや修辞無用の銘酒、「十四代」二種。この時点で、贅を尽くした今宵の企みに、軽い眩暈すらおぼえる。「醸し人九平治」(聞き逃したが『別誂』だろうか)、限定ものも「東洋美人」、「磯自慢」と引きも切らず。ただただ美酒に悶絶の時がゆく。

冷蔵庫の前で、物欲しげに中を覗くと、主人が傍らから声をかけてくれた。
「こんなのもどうですか?」
むろん、有り難く頂戴した。
「こんなもの」とは、「十四代」さらに二種、しかもその一つは「十四代 龍泉 大極上諸白」。至福と云わずになんと表現した良いのか.....

甘めのつゆの「鴨抜き」も美味、〆の蕎麦は立派な更科でこれも旨い。
気がつけば23時に近く、お開き。夢のような時間だった。

2008年2月3日日曜日

ゆ、雪だ



朝から、しんしんと雪が降っている。
本日、研修会に出席予定だったが、即、断念中止。
ほぼ一日中降っているが、一体明日の朝はどうなることでしょう

2008年2月2日土曜日

鶏そば

午前中の仕事が終わり、帰宅途中の中華料理屋で昼食。
ここの「鶏そば」はなかなかいける。
少々塩気が強いが、風邪のために昨日、一昨日と発熱してやや脱水気味の身体にはちょうど良い加減。
今日は連れ合いが外出中、借りていたDVDでもみながら静養する。

2008年1月28日月曜日

目撃

朝5時半過ぎ出発で横浜鶴見から帰宅の途に。

今朝の首都高速はいつもより交通量が多い。月末の週初めだからだろうか?
それでもいつものように快調に一号線から浜崎橋を抜けて、八重洲トンネルに入ると、出口前から渋滞が・・・余程、環状線が混雑??が、この時間帯には珍しい。
原因は、事故

竹橋前の一ツ橋でタンクローリーとミニバンの衝突事故を目撃。

急な追い越しや、強引な車線変更、無謀な運転も多いが、二車線を急に一車線に絞るような道路の設定そのものにも問題はないのだろうか

2008年1月27日日曜日

平間寺

早朝からご繁栄の川崎大師
朝7時だというのに大師公園の駐車場は既に満車で、大師河原自動車祈祷殿駐車場へ。仲見世は賑やかな売り子の声が響く。
弘法大師の御威光か・・・・
「大願成就」かで悩むも、「『大願』と云えるほどの願いもなし」と「心願成就」で護摩を申し込む。
・・・・・・・・・・ところで、消防車のご祈祷は公費なのだろうか??

2008年1月24日木曜日

いのうえ歌舞伎 『IZO』

さて、かつては東邦生命ビルと呼ばれた渋谷クロスタワーを横目に、青山通りを宮益坂上へ上る。
青山通りというと、何故か「アビロードの街」(by かぐや姫 1973)を口ずさみたくなる。なんて云って、納得してくれる人は間違いなく40代後半以降だろう。
やがて本日の目的地である青山劇場(アオゲキ)に到着、Kさんと合流。新感線プロデュースいのうえ歌舞伎「IZO」を観賞。
劇団新感線主宰、演出家、作家のいのうえひでのり氏の手になる芝居は、常に期待を裏切らない。
今回は、V6の森田剛が主演で幕末の刺客、岡田以蔵を演じる。
「天に飼われ、天に捨てられ、天に裁かれた犬。その名は以蔵。人斬り以蔵。」
 その無骨なまでの素直さと、それ故の残酷と悲しさを、森田が熱演した。
武市半平太を田辺誠一、勝海舟を粟根まこと、坂本龍馬を池田鉄洋、田中新兵衛を山内圭哉らが演じ、木場克己、西岡徳馬(山内容堂)らとともにがっちり脇を固める。
 剣でしか自己表現ができない以蔵(森田)が、「天が剣を使わせるとき。それは暗殺とは言わんがです。天誅と言うがじゃ。」言えば、以蔵の幼なじみミツを演じる戸田恵梨香が初舞台とは思えない堂々たる芝居で「剣は身体を斬るけれど、心を斬れるのは言葉だけよ」と言う。月並みな言葉ではあるが、テロの時代と云われる今、ズシンと重い。
 暗殺を咎められ容堂(西岡)から尋問される場面、「おまえの天(暗殺を命じた者)は誰だ?」と問われ、「天とは動くものです。」と答える以蔵。
信じるものとは、仕える人とは、それは絶対なものだろうか? 
幕末からはるかの今、社会や組織の一員でありながら、社会も組織も確実な存在なのだろうか? 自分も、天(社会や組織)に飼われた犬にすぎないのか、そしていつか捨てられ、裁かれるのか? 以蔵の悲しみが、現実的な思いとなって胸を打つ。
ラストシーン、処刑のために刑場にひきたてられる以蔵の上に、まんさく黄色花びらが降り注ぐ。以蔵が愛し愛されたミツの花、まんさく・・・・ 
気づけば、頬伝う涙をおさえることができない。客席そちこちにも、すすり泣きが。
当然、満場スタンディング。
まさに期待以上の名演だった。

2008年1月18日金曜日

We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars

夜、琉球大学薬物作用制御学教授の植田真一郎先生による「これからの臨床研究への提言」と題する講演を聴いた。
1947年医学史上初の無作為化臨床試験ストレプトマシン・スタディがおこおこなわれた英国での御留学経験もある植田教授は、横浜市立大学におられた頃から臨床薬理、臨床試験のトップランナー。
今夜も、二重盲検法と比べて、高血圧の大規模介入試験で導入されたPROBE法(前向き無作為オープン結果遮蔽法)の限界と問題点を指摘し、日本発の高血圧への介入試験であるJIKEIHARTやCASE-Jにも批判を加えた。
しかし同時に、かつて「独自の大規模試験のデータを持たないで、遺伝的背景、環境もまったく異なる欧米のデータを使ってどうやって長期予後を視野に入れた治療をするのか」と、英国レスター大学の教授であったDr.Swalesに”Text Book of Hypertension”で皮肉られ日本が、大規模試験を行い発信することの意義も高く評価した。

講演の最後に示したスライドは英国派?の教授らしく、アイルランド出身の劇作家・詩人であるオスカー・ワイルドOscar Wildeの肖像とその代表的戯曲「Lady Wintermere's Fan/ ウィンダミア卿夫人の扇(1893)」の一節
"We are all in the gutter,
   but some of us are looking at the stars."

 「我々はゴミための中にいる、しかし、そのうち何人かは星を見上げている」
 座右の銘のだろうか。

EBMを求めて臨床試験濫発、さらにその解釈に百家争鳴・・・・だが
   真理は・・ ある・・・・と云うことなのだろうか。 含蓄のある言葉だ。

 Oscar Wildeは同じ「ウィンダミア卿夫人の扇」でこうもいっている
 ”Experience is the name gives to their mistakes" 
  「体験とは自分のあやまちにつける名前である」
    
これはまた手厳しいが、....
     納得......してしまう。

2008年1月1日火曜日

2008年元旦


穏やかな新年を迎えた。
大晦日は21時過ぎから爆睡で、新年を告げる横浜港からの汽笛(1月1日0時に横浜港に停泊中の船が汽笛を鳴らす)も聞きそびれた。
朝、近くの観音様とお稲荷様に新年の御挨拶にまわり、鶴見川から横浜みなとみらいを望む。