さて、かつては東邦生命ビルと呼ばれた渋谷クロスタワーを横目に、青山通りを宮益坂上へ上る。
青山通りというと、何故か「アビロードの街」(by かぐや姫 1973)を口ずさみたくなる。なんて云って、納得してくれる人は間違いなく40代後半以降だろう。
やがて本日の目的地である青山劇場(アオゲキ)に到着、Kさんと合流。新感線プロデュースいのうえ歌舞伎「IZO」を観賞。
劇団新感線主宰、演出家、作家のいのうえひでのり氏の手になる芝居は、常に期待を裏切らない。
今回は、V6の森田剛が主演で幕末の刺客、岡田以蔵を演じる。
「天に飼われ、天に捨てられ、天に裁かれた犬。その名は以蔵。人斬り以蔵。」
その無骨なまでの素直さと、それ故の残酷と悲しさを、森田が熱演した。
武市半平太を田辺誠一、勝海舟を粟根まこと、坂本龍馬を池田鉄洋、田中新兵衛を山内圭哉らが演じ、木場克己、西岡徳馬(山内容堂)らとともにがっちり脇を固める。
剣でしか自己表現ができない以蔵(森田)が、「天が剣を使わせるとき。それは暗殺とは言わんがです。天誅と言うがじゃ。」言えば、以蔵の幼なじみミツを演じる戸田恵梨香が初舞台とは思えない堂々たる芝居で「剣は身体を斬るけれど、心を斬れるのは言葉だけよ」と言う。月並みな言葉ではあるが、テロの時代と云われる今、ズシンと重い。
暗殺を咎められ容堂(西岡)から尋問される場面、「おまえの天(暗殺を命じた者)は誰だ?」と問われ、「天とは動くものです。」と答える以蔵。
信じるものとは、仕える人とは、それは絶対なものだろうか?
幕末からはるかの今、社会や組織の一員でありながら、社会も組織も確実な存在なのだろうか? 自分も、天(社会や組織)に飼われた犬にすぎないのか、そしていつか捨てられ、裁かれるのか? 以蔵の悲しみが、現実的な思いとなって胸を打つ。
ラストシーン、処刑のために刑場にひきたてられる以蔵の上に、まんさく黄色花びらが降り注ぐ。以蔵が愛し愛されたミツの花、まんさく・・・・
気づけば、頬伝う涙をおさえることができない。客席そちこちにも、すすり泣きが。
当然、満場スタンディング。
まさに期待以上の名演だった。
2008年1月24日木曜日
2008年1月18日金曜日
We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars
夜、琉球大学薬物作用制御学教授の植田真一郎先生による「これからの臨床研究への提言」と題する講演を聴いた。
1947年医学史上初の無作為化臨床試験ストレプトマシン・スタディがおこおこなわれた英国での御留学経験もある植田教授は、横浜市立大学におられた頃から臨床薬理、臨床試験のトップランナー。
今夜も、二重盲検法と比べて、高血圧の大規模介入試験で導入されたPROBE法(前向き無作為オープン結果遮蔽法)の限界と問題点を指摘し、日本発の高血圧への介入試験であるJIKEIHARTやCASE-Jにも批判を加えた。
しかし同時に、かつて「独自の大規模試験のデータを持たないで、遺伝的背景、環境もまったく異なる欧米のデータを使ってどうやって長期予後を視野に入れた治療をするのか」と、英国レスター大学の教授であったDr.Swalesに”Text Book of Hypertension”で皮肉られ日本が、大規模試験を行い発信することの意義も高く評価した。
講演の最後に示したスライドは英国派?の教授らしく、アイルランド出身の劇作家・詩人であるオスカー・ワイルドOscar Wildeの肖像とその代表的戯曲「Lady Wintermere's Fan/ ウィンダミア卿夫人の扇(1893)」の一節
"We are all in the gutter,
but some of us are looking at the stars."
「我々はゴミための中にいる、しかし、そのうち何人かは星を見上げている」
座右の銘のだろうか。
EBMを求めて臨床試験濫発、さらにその解釈に百家争鳴・・・・だが
真理は・・ ある・・・・と云うことなのだろうか。 含蓄のある言葉だ。
Oscar Wildeは同じ「ウィンダミア卿夫人の扇」でこうもいっている
”Experience is the name gives to their mistakes"
「体験とは自分のあやまちにつける名前である」
これはまた手厳しいが、....
納得......してしまう。
1947年医学史上初の無作為化臨床試験ストレプトマシン・スタディがおこおこなわれた英国での御留学経験もある植田教授は、横浜市立大学におられた頃から臨床薬理、臨床試験のトップランナー。
今夜も、二重盲検法と比べて、高血圧の大規模介入試験で導入されたPROBE法(前向き無作為オープン結果遮蔽法)の限界と問題点を指摘し、日本発の高血圧への介入試験であるJIKEIHARTやCASE-Jにも批判を加えた。
しかし同時に、かつて「独自の大規模試験のデータを持たないで、遺伝的背景、環境もまったく異なる欧米のデータを使ってどうやって長期予後を視野に入れた治療をするのか」と、英国レスター大学の教授であったDr.Swalesに”Text Book of Hypertension”で皮肉られ日本が、大規模試験を行い発信することの意義も高く評価した。
講演の最後に示したスライドは英国派?の教授らしく、アイルランド出身の劇作家・詩人であるオスカー・ワイルドOscar Wildeの肖像とその代表的戯曲「Lady Wintermere's Fan/ ウィンダミア卿夫人の扇(1893)」の一節
"We are all in the gutter,
but some of us are looking at the stars."
「我々はゴミための中にいる、しかし、そのうち何人かは星を見上げている」
座右の銘のだろうか。
EBMを求めて臨床試験濫発、さらにその解釈に百家争鳴・・・・だが
真理は・・ ある・・・・と云うことなのだろうか。 含蓄のある言葉だ。
Oscar Wildeは同じ「ウィンダミア卿夫人の扇」でこうもいっている
”Experience is the name gives to their mistakes"
「体験とは自分のあやまちにつける名前である」
これはまた手厳しいが、....
納得......してしまう。
2008年1月1日火曜日
2007年12月31日月曜日
2007年12月30日日曜日
ふくひれアート / アメ横騒然
生麦の荷物を冷蔵庫に押し込んだ連れ合いと外出、湯島へ向かう。
目的は先日注文した眼鏡を受け取る事。

大混雑模様のアメ横を横目に、ひっそりとしてしまった繁華街をぬけて件のお店へ到着。H支配人の丁重かつ鮮やかなフレーム調整を経て、ベルギーの眼鏡デザイナー、パトッリック・フーツ(Patrick Hoet)氏によるTheo と成型加工素材を開発特許取得そのすぐれた弾力性・軽量・安定性でデリケートなデザインを可能にしたオーストリアのSilhouetteの二本が完成した。満足

昼食は遅くなったが、やはり「池之端藪蕎麦」へ。今回は連れ合いも躊躇無く「あられ蕎麦」を注文。海苔の香りと小柱の食感を二人して堪能、納得。

店を出て歩く道すがらフグ屋の店先に、ふぐひれで「謹賀新年」をかたどったアート(?)を発見。思わず、ひれ酒が恋しくなる。
せっかくこの時期なのだからと、御徒町からJRに乗る前に、アメ横を探訪。
大混雑で騒然としたアメ横を体験した。押し競饅頭のろのろ歩き、一歩間違えば将棋倒しの状況に恐怖を感じる状態で、とても落ち着いて買い物する状況ではない。
目的は先日注文した眼鏡を受け取る事。
大混雑模様のアメ横を横目に、ひっそりとしてしまった繁華街をぬけて件のお店へ到着。H支配人の丁重かつ鮮やかなフレーム調整を経て、ベルギーの眼鏡デザイナー、パトッリック・フーツ(Patrick Hoet)氏によるTheo と成型加工素材を開発特許取得そのすぐれた弾力性・軽量・安定性でデリケートなデザインを可能にしたオーストリアのSilhouetteの二本が完成した。満足
昼食は遅くなったが、やはり「池之端藪蕎麦」へ。今回は連れ合いも躊躇無く「あられ蕎麦」を注文。海苔の香りと小柱の食感を二人して堪能、納得。
店を出て歩く道すがらフグ屋の店先に、ふぐひれで「謹賀新年」をかたどったアート(?)を発見。思わず、ひれ酒が恋しくなる。
せっかくこの時期なのだからと、御徒町からJRに乗る前に、アメ横を探訪。
大混雑で騒然としたアメ横を体験した。押し競饅頭のろのろ歩き、一歩間違えば将棋倒しの状況に恐怖を感じる状態で、とても落ち着いて買い物する状況ではない。
生麦魚河岸通りの歳末
2007年12月25日火曜日
2007年12月24日月曜日
唱詠晩祷クリスマス・イブ礼拝
今日はクリスマスイブ。
久しぶりに立教学院の唱詠晩祷クリスマス・イブ礼拝にでかけた。
まずは、立教創立者ウィリアムズ主教像に御挨拶。

会場のタッカーホールは満員で、着席スペースはなかった。
幼き日々より 世人(よびと)ともに
悲しみ歓び 分かちしみ子は
今もわれらと ともにいたもう
(聖歌70番)

「平和の祈り」
主よ、わたしたちを平和の器にしてください。
憎しみのあるところに愛を、
争いのあるところに和解を、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を、
暗闇に光を、悲しみあるところに歓びをもたらす者として下さい。
主よ、なぐさめられるよりもなぐさめることを、
理解されるよりも理解することを、
愛されるよりも愛することを、わたしたちに求めさせてください。
与えられるよりも与えられ、
赦すことによって赦され、
主のために命を捧げることによって、永遠の命に生きる者とされるから
です。
アーメン
祈ることの意味を深く再認識したひとときだった。
タッカーホールから出ると、もう日は落ち、大学構内のクリスマスツリーが点灯していた。


「すべての人を照らす真の光があって、世にきた」そんなヨハネによる福音書の一節を思い出した。
久しぶりに立教学院の唱詠晩祷クリスマス・イブ礼拝にでかけた。
まずは、立教創立者ウィリアムズ主教像に御挨拶。
会場のタッカーホールは満員で、着席スペースはなかった。
幼き日々より 世人(よびと)ともに
悲しみ歓び 分かちしみ子は
今もわれらと ともにいたもう
(聖歌70番)
「平和の祈り」
主よ、わたしたちを平和の器にしてください。
憎しみのあるところに愛を、
争いのあるところに和解を、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を、
暗闇に光を、悲しみあるところに歓びをもたらす者として下さい。
主よ、なぐさめられるよりもなぐさめることを、
理解されるよりも理解することを、
愛されるよりも愛することを、わたしたちに求めさせてください。
与えられるよりも与えられ、
赦すことによって赦され、
主のために命を捧げることによって、永遠の命に生きる者とされるから
です。
アーメン
祈ることの意味を深く再認識したひとときだった。
タッカーホールから出ると、もう日は落ち、大学構内のクリスマスツリーが点灯していた。
「すべての人を照らす真の光があって、世にきた」そんなヨハネによる福音書の一節を思い出した。
2007年12月23日日曜日
ミュージカル「モーツァルト!」中川晃教バージョン
ミュージカル「モーツァルト!」を再鑑賞。
今回はモーツァルトを中川晃教が演じるバージョン。今や押しも押されぬミュージカル俳優だが、2002年「モーツァルト!」の初演で初めて中川晃教のパフォーマンスに接した感動はむしろ驚愕だったことを記憶している。まさに才気煥発と評すべき、舞台狭しと駆け回り、まるで天上に駆け上るがごとき歌声。その後の中川の活躍は云うまでもない。さて再々演での中川モーツァルトは。
そのエネルギッシュさがさらに倍増、完全に芝居全体を引っ張り舞台を自分のものにしてしまっている。一幕でナンネール役の高橋由美子の声が少しかすれて、「不調か?」と思わせたが、二幕ではその不安を感じさせずに復調。涼風真世のヴァルトシュテッテン男爵夫人はやはり圧感、ウィーン行きを迷うモーツァルトに「・・夜空の星から降る金を探しに知らない国 なりたない者になるため 星からの金を求め 一人旅に出て行くのよ 険しい路を越えて 旅に出る。」(「星から降る金」)と諭し歌う場面の存在感は神々しいまでだ。
中川モーツァルトの熱演に触発されたのか、ベテラン陣の山口祐一郎、市村正親もノリがよい。
「・・・自分の影から逃れられるのか 自分の運命を拒めるのだろか 殻を破り生まれ変われるのか 自分の影から自由になりたい・・・・自由になりたい」(「影を逃れて」)と歌い一幕目を閉じるあたりでは、感涙。
今回が初参加のコンスタンツェ役のhiro、演技力はまだこれからだが、さすがかつてSpeedのボーカル、やはり歌はう上手い、広い声域を縦横に使って聴かせる。「ダンスはやめられない」の歌唱に関しては歴代コンスタンツェ(松たか子、西田ひかる、木村佳乃)のなかでも、最も聴きごたえがあると感じた。
終盤、苦悩するモーツァルトを中川は鬼気迫る演技で訴えかける。自らの内面でもあるアマデ(子役)との葛藤、やがて決別。それが、まさに自我の分裂、そして死。
「神がつかわした奇跡の人 時をこえ輝く永遠の星よ・・・世界果てる日まで奇跡は終わらない・・・」(「モーツァルト!モーツァルト!」)
幕が下りても、熱気はさめやらない。
当然、満場スタンディグ、中川モーツァルトの希代名演であった。
先日の井上芳雄演ずるモーツァルトがスタンダードとするなら、まさに中川モーツァルトはややデフォルメされたとも云えるかも知れない。しかし、その躍動感、そして自らの才能ゆえに苦悩し自我の分裂にいたる過程のリアリティは称賛にのみ値する。
いずれのモーツァルトも次回の進化が今から楽しみだ。
2007年12月13日木曜日
ミュージカル「モーツァルト!」
湯島へ~「池之端藪蕎麦」
朝から雨模様だが、湯島に所用があるという連れ合いに同行して外出。目的は昼食。
湯島といえば名店はひしめき合うが、お目当ては藪蕎麦御三家の一角をなす「池之端藪蕎麦」(おむかえの「金太楼寿司」にも心は引かれたが)。
決して大きな店構えではないが上品な佇まいで迎えてくれる。手際の良い店員の動きも粋のうち、今日は連れ合いが天麩羅蕎麦、私はあられ蕎麦を頼んだ。芝海老のかき揚げがのった天麩羅蕎麦も捨てがたいが、海苔のかおり豊かで半生の小柱の食感が楽しめるあられはまさに江戸前の極みであろう。蕎麦は細くその食感、香りともに言うこと無し。つゆは浅草の「並木藪蕎麦」ほどに濃くはなく中庸とでも評すべきか。とにかく美味い。


調べてみると、「藪蕎麦」のルーツは、団子坂蔦屋の神田連雀町店(現在の神田淡路町2丁目)。これを明治13年に浅草蔵前で「中砂」というそば屋を営んでいた「堀田七兵衛」が譲りうけ、屋号を「薮蕎麦」(「かんだ藪蕎麦」)としたことに始まる。やがて御本家の蔦屋が廃業し、その看板は「薮蕎麦本店」として”かんだ 藪蕎麦”が継承。さらに大正2年(1913)には、「堀田七兵衛」の三男の「勝三」がに浅草並木町で出店。今に続く名店「並木藪蕎麦」となる。「池之端藪蕎麦」は「勝三」の次男の「鶴雄」が始めたもので、この三店が藪蕎麦御三家と称される。
江戸前蕎麦を語る上で、藪御三家は欠かせない。
2007年12月10日月曜日
慇懃無礼
慇懃無礼
言葉や物腰など表面は丁寧であるが、
その裏は尊大であること
昼過ぎから、S事務長とS係長にお出で頂いて経営会議(というより前月の実績を検討、叱咤される場)。その場に、全くアポ無しで登場した某ドックセンターの事務長代行M女史、「本日は御願いが2つほどあって参りました。・・・・」と、始まった。
当方、少々ご機嫌斜めではあったのだが、カチンと来た。
突然乱入して、御願いはないだろう
で、その御願いとは、自分の施設の検査機器がが空いてるから使ってくれ、さらに頼みもしないのに格安料金を用意したから当方にドックにはいれ、ときた
その物腰が言いようが、まさに慇懃無礼
S事務長が招き入れたのでなければ、席を蹴るところだが、ぐっとこらえた。
久々にむかつく吾人と対面してしまった。
言葉や物腰など表面は丁寧であるが、
その裏は尊大であること
昼過ぎから、S事務長とS係長にお出で頂いて経営会議(というより前月の実績を検討、叱咤される場)。その場に、全くアポ無しで登場した某ドックセンターの事務長代行M女史、「本日は御願いが2つほどあって参りました。・・・・」と、始まった。
当方、少々ご機嫌斜めではあったのだが、カチンと来た。
突然乱入して、御願いはないだろう
で、その御願いとは、自分の施設の検査機器がが空いてるから使ってくれ、さらに頼みもしないのに格安料金を用意したから当方にドックにはいれ、ときた
その物腰が言いようが、まさに慇懃無礼
S事務長が招き入れたのでなければ、席を蹴るところだが、ぐっとこらえた。
久々にむかつく吾人と対面してしまった。
2007年12月7日金曜日
RMシャンパーニュの至福3
朝食は夕べのクエ鍋雑炊、雑炊は間違いなくクエ>フグだろう。
連れ合いが所用ででかけた後は、駄犬と我が家で過ごすことになった。
昼食はカップラーメンですませ、ぼんやりと過ごす。やらなければいけにこともあるのだが、どうも気が乗らない。
やがて帰宅した連れあいと、夕食。
贅沢の極み!! RMシャンパーニュ第二夜。
今晩はペルトワ・モリゼ ブラン・ド・ブラン グラン・レゼルヴ N.V.(コート・デ・ブラン地区メニル・シュール・オジェ)を開ける。自社畑12haで収穫されるブドウのみを使用し年間生産量70000本の小さなドメーヌで、1951年イヴ・ペルトワ氏とジャナン・モリゼ女史の結婚により設立され、1994年イヴ氏の引退後は息子ドミニク氏に引き継がれ、2002年からはその娘セシル女史も参加、一貫した家族管理のレコルタン・マニピュラン。
コート・デ・ブラン地区お得意のブドウ、シャルドネ100%で醸される逸品は、昨晩のピノ・ノワール100%とは全く別物味わい。酸味よりもほのかな甘みさえ感じさせるフレッシュで爽やかなシャンパーニュ。
シャンパーニュの奥の深さを堪能した。
シャンパーニュを原料として認められているブドウ品種はシャルドネ、ピノ・ノワールとピノ・ムニエの三種のみ。シャンパーニュの3大テロワールは各々、得意なブドウが違うのだという。
コート・デ・ブランは、ミネラルたっぷりのチョーク層と呼ばれる土壌で気品ある白ブドウであるシャルドネが栽培されている。
対して、モンターニュ・ド・ランスでは赤ブドウのピノ・ノワールの栽培が盛ん、そしてマルヌ川近くのヴァレ・ド・ラ・マルヌでは他の二種の保持品種であるピノ・ムニエが栽培されている。
個性的なブドウ三品種がまみえ、至福のシャンパーニュが産まれる。まさに、神に祝福された地に違いない。
2007年12月1日土曜日
RMシャンパーニュの至福2
本日の夕餉。
まずは本日到着の頂きもの「銚子漬け」の魚を賞味、美味い
絶妙の味付けで、ペロリと一枚喰ってしまった。
メインは、河豚より美味いと称される「クエ」鍋。冷凍ものだが、本クエが手に入ったので、早速。本当に不思議なのだが、このクエ、他の魚とはとは比較にならない濃厚で上品なだしがでる。ちり鍋系では、個人的には最も美味い鍋だと思う。
〆の雑炊で一滴残らず・・・・だが、喰いきれない
明日の朝食のお楽しみとなった。
さて、強引だが、この食事に(最近凝ってる)RM((Recoltant Manipulant:レコルタン マニピュラン)シャンパーニュをあわせてみた。今晩はミッシェル・アルノー・ブリュット・グラン・クリュ・ヴェルズネイ(モンターニュ・ド・ランス地区ヴェルズネイ村 生産者:ミッシェル・アルノー)、ピノ・ノワール100%の爽やかな酸味が、ポン酢とハーモニーとなって、これまたお見事なマリアージュとなった。
2007年11月29日木曜日
銀座 比内や~十二時
「恐れを知らぬ川上音二郎一座」再観賞
プレヴュー公演に続き2度目の「恐れを知らぬ川上音二郎一座」(三谷幸喜・作演出)をマチネで観賞。
4日プレヴューでは、主演のユースケ・サンタマリアと常磐貴子が台詞噛みまくり、つられたのか名優・戸田恵子までが・・という場面もあり、台詞の掛け合いもタイミングが合わず、まだまだ”練れていない”と思わせた。三谷芝居常の小林隆、阿南健治、浅野和之や今井朋彦、堺正人らの堅実な芝居と堺正章のお見事な道化ぶりが、目立っていたが。
本日は、プレビューとは全く違う芝居をみせられた気分。堺正章が台詞を一部忘れるご愛嬌(あいきょう)はあったが、芝居全体に緩急強弱がはっきりして、それぞれの役の個性もさらにきわだった。
まさに芝居はいきものを、実感させられた。
銀座の街はもう暮れなずみ、イルミネーションが鮮やか。
2007年11月27日火曜日
Aging with Grace. Aging with Dignity

認知症についての三回に及ぶ勉強会の今晩が最終回。
講師のM先生の名調子も三度目で益々熱が入る。
三回ともたいへん勉強になったが、今日の講演の最後に紹介された話と言葉は大変感動的で心に残った。
米国では1986年からNun Studyと呼ばれる高齢の修道女を対象としたアルツハイマー病の前向き調査が進行中で、崇高な篤志で死後献脳してくれた修道女の脳が解剖され調べられているという。そこから多くの知見が得られているが、驚嘆すべきことのひとつに、生前に認知症の症状がみられなかったにもかかわらず脳には高度のアルツハイマー病の病変がみられた例が数%もあり、脳の神秘的とも云えるという”力”を思わせ、またアルツハイマー病の発症予防や進行を抑制に希望的な事実として受け止められた。
この話を紹介されたとき、”Aging with Grace(優雅なる加齢)”という言葉も紹介された。(これはNun studyを紹介したデビィッド・スノウド博士の著作のタイトルでもある)なんと美しい言葉だろうか。
加齢が、身体能力や知的能力の衰退でしかないのなら、それは忌むべき事としか思えない。が、加齢は人智を尽くして今なお避け得られない天命でもある。ならば、優雅に歳を重ね老いる、それは能力の衰退に悲嘆するばかりではない日々があるに違いない。
さらにM先生は、勉強会第一回目で紹介された言葉”Aging with Dignity(尊厳ある加齢)”も、再び示されて講演を閉じられた。
”Aging with Grace(優雅なる加齢)”
”Aging with Dignity(尊厳ある加齢)”
並べてみると、ともに、なんとも美しく、味わい深い、深遠な響きをもった言葉だろうか。
認知症高齢者のみならず、すべての高齢者が目指すべき目標であり到達点であるように思う。
残念がら、それを許す寛容さを、この国がもてるかは別として
2007年11月26日月曜日
蒸したてあんきもと塩もつ鍋
2007年11月25日日曜日
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