2008年3月30日日曜日

坐唯杏

このところ、池袋での観劇後の飲み会は別の店を利用することが多かったので、坐唯杏は久しぶり。

坐唯杏といえば、まずは?「四川坦々うどん」。その辛さはかつてよりやや手加減されたようにも感じたが・・・

予約時注文の「鯨の尾の身」は絶品、とろける。

本日までの「クエ鍋」も賞味した。


なんと幸運な出会いもあって、大満足。

キャラメルボックス公演『きみがいた時間 ぼくのいく時間』


初日につづき二度目の観賞。
まず何よりも、ヒロイン紘未演じる西山繭子が堅さがぬけて格段に良くなっている。
冒頭のダンスシーンから、まるで年来の劇団員であったかのように周りにとけ込んで、息のあったところをみせる。
芝居全体のテンポも益々ヒートアップ、主役の上川隆也の生き生きとした演技がさえ渡り、語り手役もつとめる岡内美喜子が見事に芝居を転回して演じわける。
二幕、そしてラストシーンを知っているだけに、一幕後半からもう目頭が・・・
休憩をはさんで二幕は、抑えた演技の坂口理恵が良い。想えども報われぬおもいを、ただつくすことで遂げる女性を好演する。今回は梶尾真治の原作も読んでのぞんだのだが、原作に坂口演じる純子の設定はない。しかも、ラストシーンが少々違ってもいる。
実は、ラストシーンは原作の方が好みなのだが、純子(坂口)の存在故に、成井豊脚本のラストも是とすべき。

どこかに未来から愛する者のために時を越えてきた人がいるんじゃないだろうか。
いつか自分を救うために、誰かが時を越えて来るんじゃないだろうか。
そんなことを信じてみたくなった。

できれば、もう2.3回観てみたい。

2008年3月27日木曜日

森本にて

Bunkamuraシアターコックーンで観劇後は、やはり森本。
鶏刺し、レバー刺し、つくね刺し(冬季限定:まだまにあった)から始まり、

焼き物はうずら、つくね、




血肝、はつ、しそ巻き・・・


矢継ぎ早に注文し、テンポ良く喰う。
それが森本の流儀。
本日もご馳走様でした。

桜満開




実は、生来の天の邪鬼。
桜はあまり好きではない。
時季が来ると、これ見よがしに咲き誇っているように見えてしまう。
桜の季節というのも、出会いというよりむしろ別れの季節という印象の方が強い。
だが、、その姿は美しい。。

2008年3月9日日曜日

梅かおる大本山

2008年3月6日木曜日

二兎社公演『歌わせたい男たち』


紀伊國屋ホールで二兎社公演『歌わせたい男たち』を鑑賞。作演出は二兎社主催の永井愛。何故か、今で永井作品を観る機会がなかったが、今回は再演となるこの芝居の評判の高さを知り、楽しみに出かけた。
「歌わせたい男たち」の歌わせたい歌とは、「君が代」。

都立高校の音楽講師の仲ミチル(戸田恵子)は、初めて迎える卒業式で、国歌斉唱の伴奏をするようにと校長の与田(大谷亮介)から命じられるが、、ピアノが大の苦手、アガリ性でもある。「私のせいで厳粛な式が台無しになっては……」と、早朝から音楽室にこもり練習に励むが、極度の緊張で具合が悪くなる。そこへ与田や英語教師の片桐(中上雅巳)、社会科教師の拝島(近藤芳正)も出入りして・・・・・・。
 実は、「君が代」の斉唱を拒否し、着席してしまう者が出たら、校長の指導力が問われかねない事態に、ピアノ伴奏者への期待は大きい。

芝居は、不起立・斉唱拒否を貫こうする近藤演じる拝島を校長の与田(大谷)が説得し、あの間挟まれ困るミチル(戸田)という図式が中心で進む。
随所に皮肉を込めたユーモアが、笑いを誘う。だが、笑いながら、笑ってばかりはいられない空寒さを感じる。
ラスト近く、「内心の自由」(日本国憲法19条:思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。)の重要性を説いたかつての自らの主張を暴露され、切れた与田が必死で演説する。「(起立しようと、斉唱しようと)『内心の自由』は犯されない。思うことは自由だ。むしろ、不起立や斉唱拒否は、もはや『内心』でなく『外心』(??)だ。外心の自由は保証されていない」。まさに愚にもつかない詭弁に、場内爆笑。
だが、こうした詭弁が、現実に珍しくないことに気づくと、権力の狡猾さとそれに翻弄される衆愚の危機に恐怖感さえ感じる。
考えさせられることの多い芝居だった。

2008年2月28日木曜日

キャラメルボックス公演『きみがいた時間 ぼくのいく時間』」初日


サンシャイン劇場で演劇集団キャラメルボックス公演「きみがいた時間 ぼくのいく時間」の初日を観賞。
原作は梶尾真治のタイムマシンSFもの。
独特の緊張感と熱気がただようなか幕を上げた舞台は、劇団公演でヒロイン役が多い岡内美喜子演じる秋沢真帆の独白で始まる。主演の(かつて”テレビに魂を売った男”と製作総指揮の加藤昌史にからかわれた)上川隆也演じる秋沢里志が登場、今回のヒロインで客演の西沢繭子演じる梨田紘未が加わりスムーズに導入部分が展開する。さすがに初日の為か、台詞の言い直しや微妙な間の悪さはあるが、そんなことより、3年ぶりにキャラメルボックスの舞台に帰ってきた上川の生き生きとした演技がとにかく光る。上川にからむ西川浩幸、坂口理恵、岡田達也ら劇団ベテラン陣が、硬軟緩急自在の上川をなんなく受けて投げ返す。同じ劇団で汗を流してきた役者同士の阿吽の呼吸が、小気味よい。 内輪受けギャクも目立ったが、会場が間髪入れず反応するところをみると、上川ファンで初めて劇場に足を運んだ観客より、筋金入りのキャラメルボックスサポーターの方が客席の多数派か。
「僕は39年前に行く。君を救う為に。ふたりの運命を変えるためにー」 、
 切なく熱く一途に人をおもう秋沢里志(上川)に感動させられ、時を越えるおもいがあることを信じたくなる二時間半だった。

劇団史上初の15分休憩あり。だが、その休憩も飽きさえないおまけ付き。この劇団のサービス精神に脱帽。
来月末のは再度観賞予定だが、どんな風に変わっているのか、今から楽しみだ。

客席で劇団の大森美紀子、實川貴美子をお見かけした。

2008年2月14日木曜日

プレタポルテ公演『ちいさき神の、つくりし子ら』

俳優座劇場で、プレタポルテ公演『ちいさき神の、つくりし子ら』を観賞。
マーク・メドフ 作で1980年ブロードウェイ初演の作品で再演を繰り返している。
今回は、中谷まゆみ作のハートウォーミングストーリー演出で定評のある板垣恭一が演出、主演は岡田達也(演劇集団キャラメルボックス)と自身が難聴である津田絵理奈。
舞台両端に字幕モニターが設置され、全編手話が使われる。岡田はキャラメルボックスの「嵐になるまで待って」で経験しているとはいえ、台詞を手話と口話で同時に喋るという難役、津田はクライマックスシーン以外は、すべて手話。他の出演者も、全員が手話を使う。
 ストーリーは、、
  ろう学校に赴任して来た口話教師のジェームス・リーズ(岡田)が、サラ・ノーマン(津田)という若く美  しい先天性ろうの女性と出会い、サラに口話を教えることになる。。が、彼女は口話を全く受け付けな  い。そんな彼女に興味を抱き、、やがて彼女を愛し始めるジェームスと彼に惹かれ始めるサラ。
  しかし・・・・・・
、
キャラメルボックスの看板俳優であもある岡田の演技力は危なげないが、この舞台では真摯で純粋だが心に闇を抱える口話教師に鬼気迫る演技をみせる。相手役の津田も聡明で情熱的なろう者を演じて、初舞台とは思えぬ表現力で応える。
口話&手話(ジェームズ:岡田)対手話(サラ:津田)という難しいシュチュエーションを、見事にさばき、テンポを萎えさせない板垣
演出も見事。
 
  聴者と聾者、完全聾者と難聴者の違い、差別。同化とは? 愛とは?
ひとつひとつが重く、深く心想せねばならない事柄を前に、途方にくれるとき、サラの台詞(手話)
 「互いの違いを理解することで、はじめて対等の関係になれる」 に、ハッとさせらる。 
 そこからしか始まらないんだ。

  貴方が私の力になってくれたから、私もあなたの力になれる。『結ばれる(手話)』



休憩挟んで2時間40分を、全く飽きさせず集中させてくれた。
期待以上の、名作名演だった。


岡田所属の演劇集団キャラメルボックスの俳優、三浦剛、渡邉安理、さらに日本最初の聾唖女優で2002年「嵐になるまで待って」で岡田と競演した忍足亜希子らも、場内でお見かけた。



2008年2月13日水曜日

宇宙を味わう


数名とらと二次会へ流れた。
場所は、我が青春のバー湯島の「K」。
ここのマスターがつくるドライ・マティーニが、知りうる限り最高のマティーニ。
ジンとドライ・ベルモットだけでつくられるこのカクテルは、作り手によって、その時によって、飲み手によって、それぞれ違う味わいがある。
それは、まるで、カクテルグラスに注がれた宇宙と云ってもよい。
そして、「K」のマスターは、27年前からいつも宇宙の無限と普遍を味あわせてくれる。
二杯目に頼んだジャック・ローズが、眠りを誘い、夢に落ちた。

2008年2月12日火曜日

美酒を愛でる会

本郷通りから菊坂を下り始めると、周りの様子は一変する。生活感豊かな下町風情に、何故か「帰って来たような」不思議な感覚に襲われる。
古に本郷区菊坂町七十番地に居を構えた明治の天才・樋口一葉の「奇跡の十四ヶ月」(1895年1月『たけくらべ』の連載を開始から完結まで、その間『大つごもり』、『にごりえ』、『十三夜』、『わかれ道』を発表し、その数ヶ月後逝き急ぐように24歳で夭逝した)に思いをはせながら、250メートルも歩くと、目的地である「そば処」に到着。

今夜は、我が一行総勢18名で貸し切り状態。定刻前だが、中をのぞくと、既に数名が到着。19時にはほぼ顔を揃え開宴となる。
既にグラスが三つ用意され、店の主人の説明の後で口開けとして供されたのは、いまやその名も高き蔵元となられた福井県吉田郡永平寺町の黒龍酒造の長期低温熟成純米大吟醸「石田屋」、四合正価一万円強がプレミアで五万は下らないとか、いやいや一杯数万だとか伝説の絶えない酒。口に含むとほのかな甘みが香り、するりとした喉ごしはシルクのよう、主人の御指導に従い口を閉じて喉から立ち上がる独特の木香を堪能する

さらに並ぶは、もはや修辞無用の銘酒、「十四代」二種。この時点で、贅を尽くした今宵の企みに、軽い眩暈すらおぼえる。「醸し人九平治」(聞き逃したが『別誂』だろうか)、限定ものも「東洋美人」、「磯自慢」と引きも切らず。ただただ美酒に悶絶の時がゆく。

冷蔵庫の前で、物欲しげに中を覗くと、主人が傍らから声をかけてくれた。
「こんなのもどうですか?」
むろん、有り難く頂戴した。
「こんなもの」とは、「十四代」さらに二種、しかもその一つは「十四代 龍泉 大極上諸白」。至福と云わずになんと表現した良いのか.....

甘めのつゆの「鴨抜き」も美味、〆の蕎麦は立派な更科でこれも旨い。
気がつけば23時に近く、お開き。夢のような時間だった。

2008年2月3日日曜日

ゆ、雪だ



朝から、しんしんと雪が降っている。
本日、研修会に出席予定だったが、即、断念中止。
ほぼ一日中降っているが、一体明日の朝はどうなることでしょう

2008年2月2日土曜日

鶏そば

午前中の仕事が終わり、帰宅途中の中華料理屋で昼食。
ここの「鶏そば」はなかなかいける。
少々塩気が強いが、風邪のために昨日、一昨日と発熱してやや脱水気味の身体にはちょうど良い加減。
今日は連れ合いが外出中、借りていたDVDでもみながら静養する。

2008年1月28日月曜日

目撃

朝5時半過ぎ出発で横浜鶴見から帰宅の途に。

今朝の首都高速はいつもより交通量が多い。月末の週初めだからだろうか?
それでもいつものように快調に一号線から浜崎橋を抜けて、八重洲トンネルに入ると、出口前から渋滞が・・・余程、環状線が混雑??が、この時間帯には珍しい。
原因は、事故

竹橋前の一ツ橋でタンクローリーとミニバンの衝突事故を目撃。

急な追い越しや、強引な車線変更、無謀な運転も多いが、二車線を急に一車線に絞るような道路の設定そのものにも問題はないのだろうか

2008年1月27日日曜日

平間寺

早朝からご繁栄の川崎大師
朝7時だというのに大師公園の駐車場は既に満車で、大師河原自動車祈祷殿駐車場へ。仲見世は賑やかな売り子の声が響く。
弘法大師の御威光か・・・・
「大願成就」かで悩むも、「『大願』と云えるほどの願いもなし」と「心願成就」で護摩を申し込む。
・・・・・・・・・・ところで、消防車のご祈祷は公費なのだろうか??

2008年1月24日木曜日

いのうえ歌舞伎 『IZO』

さて、かつては東邦生命ビルと呼ばれた渋谷クロスタワーを横目に、青山通りを宮益坂上へ上る。
青山通りというと、何故か「アビロードの街」(by かぐや姫 1973)を口ずさみたくなる。なんて云って、納得してくれる人は間違いなく40代後半以降だろう。
やがて本日の目的地である青山劇場(アオゲキ)に到着、Kさんと合流。新感線プロデュースいのうえ歌舞伎「IZO」を観賞。
劇団新感線主宰、演出家、作家のいのうえひでのり氏の手になる芝居は、常に期待を裏切らない。
今回は、V6の森田剛が主演で幕末の刺客、岡田以蔵を演じる。
「天に飼われ、天に捨てられ、天に裁かれた犬。その名は以蔵。人斬り以蔵。」
 その無骨なまでの素直さと、それ故の残酷と悲しさを、森田が熱演した。
武市半平太を田辺誠一、勝海舟を粟根まこと、坂本龍馬を池田鉄洋、田中新兵衛を山内圭哉らが演じ、木場克己、西岡徳馬(山内容堂)らとともにがっちり脇を固める。
 剣でしか自己表現ができない以蔵(森田)が、「天が剣を使わせるとき。それは暗殺とは言わんがです。天誅と言うがじゃ。」言えば、以蔵の幼なじみミツを演じる戸田恵梨香が初舞台とは思えない堂々たる芝居で「剣は身体を斬るけれど、心を斬れるのは言葉だけよ」と言う。月並みな言葉ではあるが、テロの時代と云われる今、ズシンと重い。
 暗殺を咎められ容堂(西岡)から尋問される場面、「おまえの天(暗殺を命じた者)は誰だ?」と問われ、「天とは動くものです。」と答える以蔵。
信じるものとは、仕える人とは、それは絶対なものだろうか? 
幕末からはるかの今、社会や組織の一員でありながら、社会も組織も確実な存在なのだろうか? 自分も、天(社会や組織)に飼われた犬にすぎないのか、そしていつか捨てられ、裁かれるのか? 以蔵の悲しみが、現実的な思いとなって胸を打つ。
ラストシーン、処刑のために刑場にひきたてられる以蔵の上に、まんさく黄色花びらが降り注ぐ。以蔵が愛し愛されたミツの花、まんさく・・・・ 
気づけば、頬伝う涙をおさえることができない。客席そちこちにも、すすり泣きが。
当然、満場スタンディング。
まさに期待以上の名演だった。

2008年1月18日金曜日

We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars

夜、琉球大学薬物作用制御学教授の植田真一郎先生による「これからの臨床研究への提言」と題する講演を聴いた。
1947年医学史上初の無作為化臨床試験ストレプトマシン・スタディがおこおこなわれた英国での御留学経験もある植田教授は、横浜市立大学におられた頃から臨床薬理、臨床試験のトップランナー。
今夜も、二重盲検法と比べて、高血圧の大規模介入試験で導入されたPROBE法(前向き無作為オープン結果遮蔽法)の限界と問題点を指摘し、日本発の高血圧への介入試験であるJIKEIHARTやCASE-Jにも批判を加えた。
しかし同時に、かつて「独自の大規模試験のデータを持たないで、遺伝的背景、環境もまったく異なる欧米のデータを使ってどうやって長期予後を視野に入れた治療をするのか」と、英国レスター大学の教授であったDr.Swalesに”Text Book of Hypertension”で皮肉られ日本が、大規模試験を行い発信することの意義も高く評価した。

講演の最後に示したスライドは英国派?の教授らしく、アイルランド出身の劇作家・詩人であるオスカー・ワイルドOscar Wildeの肖像とその代表的戯曲「Lady Wintermere's Fan/ ウィンダミア卿夫人の扇(1893)」の一節
"We are all in the gutter,
   but some of us are looking at the stars."

 「我々はゴミための中にいる、しかし、そのうち何人かは星を見上げている」
 座右の銘のだろうか。

EBMを求めて臨床試験濫発、さらにその解釈に百家争鳴・・・・だが
   真理は・・ ある・・・・と云うことなのだろうか。 含蓄のある言葉だ。

 Oscar Wildeは同じ「ウィンダミア卿夫人の扇」でこうもいっている
 ”Experience is the name gives to their mistakes" 
  「体験とは自分のあやまちにつける名前である」
    
これはまた手厳しいが、....
     納得......してしまう。

2008年1月1日火曜日

2008年元旦


穏やかな新年を迎えた。
大晦日は21時過ぎから爆睡で、新年を告げる横浜港からの汽笛(1月1日0時に横浜港に停泊中の船が汽笛を鳴らす)も聞きそびれた。
朝、近くの観音様とお稲荷様に新年の御挨拶にまわり、鶴見川から横浜みなとみらいを望む。

2007年12月31日月曜日

大晦日


大晦日だ。まずは昨日お取り置きを頼んだ品を受け取りに、生麦魚河岸通りへ。
昨日とはうってかわって閑散としている。
さもありなん、どの店先もほとんど売り切れに近い状態。
馴染みの店で頼んでおいた荷を受け取り、「ほとんど売り切っちゃったんですね。」
「はい、去年より少し多めに仕入れたんですが。おかげさまで。」
この通りでは確実に若手であろう主人が笑顔をみせる。
生麦の一年も終わった

2007年12月30日日曜日

ふくひれアート / アメ横騒然

生麦の荷物を冷蔵庫に押し込んだ連れ合いと外出、湯島へ向かう。
目的は先日注文した眼鏡を受け取る事。

大混雑模様のアメ横を横目に、ひっそりとしてしまった繁華街をぬけて件のお店へ到着。H支配人の丁重かつ鮮やかなフレーム調整を経て、ベルギーの眼鏡デザイナー、パトッリック・フーツ(Patrick Hoet)氏によるTheo と成型加工素材を開発特許取得そのすぐれた弾力性・軽量・安定性でデリケートなデザインを可能にしたオーストリアのSilhouetteの二本が完成した。満足

昼食は遅くなったが、やはり「池之端藪蕎麦」へ。今回は連れ合いも躊躇無く「あられ蕎麦」を注文。海苔の香りと小柱の食感を二人して堪能、納得。

店を出て歩く道すがらフグ屋の店先に、ふぐひれで「謹賀新年」をかたどったアート(?)を発見。思わず、ひれ酒が恋しくなる。
せっかくこの時期なのだからと、御徒町からJRに乗る前に、アメ横を探訪。
大混雑で騒然としたアメ横を体験した。押し競饅頭のろのろ歩き、一歩間違えば将棋倒しの状況に恐怖を感じる状態で、とても落ち着いて買い物する状況ではない。

生麦魚河岸通りの歳末


朝は生麦魚河岸通りへ買い出しに出かける。昨年末は、思いの外、人でも少なく寂しかったが、今年は賑やかだ。

先に電話でお取り置きを頼んだ「ふく葱」を確認して、鍋用に養殖だがトラフグを確保。馴染みの店で、ミル貝、鮑、金目鯛等々を確保。大物は「明日取りに来るから」とは言ったものの、それでもリュックと両手にいっぱいの荷物。
歳末の生麦では財布のひもはゆるみっぱなし

2007年12月25日火曜日

ハタの刺身


「河豚より美味い九絵」とは、食いしん坊には周知のこと。
その九絵(クエ)が属するのが、スズキ目ハタ科ハタ亜科 Epinephelinae。この 亜科に属する魚の総称がハタで、今晩は先日リクエストしておいた「ハタ鍋」を市内某所で堪能した。
まずは、ハタ、白子、生クラゲ、マグロを刺身で。美味い
そして待望の「ハタ鍋」、一見して淡泊そうに見えるこの白身からしっかりとした脂が煮出されると、そこには悦楽のちり鍋が出現する。あとは、ポン酢にくぐらせ骨までしゃぶる、スープは雑炊で一滴残らず飲み干す。
これこそ至福

2007年12月24日月曜日

唱詠晩祷クリスマス・イブ礼拝

今日はクリスマスイブ。
久しぶりに立教学院の唱詠晩祷クリスマス・イブ礼拝にでかけた。
まずは、立教創立者ウィリアムズ主教像に御挨拶。

会場のタッカーホールは満員で、着席スペースはなかった。
 
 幼き日々より 世人(よびと)ともに
  悲しみ歓び 分かちしみ子は
 今もわれらと ともにいたもう
(聖歌70番)

「平和の祈り」
主よ、わたしたちを平和の器にしてください。
憎しみのあるところに愛を、
争いのあるところに和解を、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を、
暗闇に光を、悲しみあるところに歓びをもたらす者として下さい。
主よ、なぐさめられるよりもなぐさめることを、
理解されるよりも理解することを、
愛されるよりも愛することを、わたしたちに求めさせてください。
与えられるよりも与えられ、
赦すことによって赦され、
主のために命を捧げることによって、永遠の命に生きる者とされるから
です。
  アーメン
祈ることの意味を深く再認識したひとときだった。

タッカーホールから出ると、もう日は落ち、大学構内のクリスマスツリーが点灯していた。


 「すべての人を照らす真の光があって、世にきた」そんなヨハネによる福音書の一節を思い出した。

2007年12月23日日曜日

ミュージカル「モーツァルト!」中川晃教バージョン


ミュージカル「モーツァルト!」を再鑑賞。
今回はモーツァルトを中川晃教が演じるバージョン。今や押しも押されぬミュージカル俳優だが、2002年「モーツァルト!」の初演で初めて中川晃教のパフォーマンスに接した感動はむしろ驚愕だったことを記憶している。まさに才気煥発と評すべき、舞台狭しと駆け回り、まるで天上に駆け上るがごとき歌声。その後の中川の活躍は云うまでもない。さて再々演での中川モーツァルトは。
そのエネルギッシュさがさらに倍増、完全に芝居全体を引っ張り舞台を自分のものにしてしまっている。一幕でナンネール役の高橋由美子の声が少しかすれて、「不調か?」と思わせたが、二幕ではその不安を感じさせずに復調。涼風真世のヴァルトシュテッテン男爵夫人はやはり圧感、ウィーン行きを迷うモーツァルトに「・・夜空の星から降る金を探しに知らない国 なりたない者になるため 星からの金を求め 一人旅に出て行くのよ 険しい路を越えて 旅に出る。」(「星から降る金」)と諭し歌う場面の存在感は神々しいまでだ。
  
  中川モーツァルトの熱演に触発されたのか、ベテラン陣の山口祐一郎、市村正親もノリがよい。
「・・・自分の影から逃れられるのか 自分の運命を拒めるのだろか 殻を破り生まれ変われるのか 自分の影から自由になりたい・・・・自由になりたい」(「影を逃れて」)と歌い一幕目を閉じるあたりでは、感涙。
  今回が初参加のコンスタンツェ役のhiro、演技力はまだこれからだが、さすがかつてSpeedのボーカル、やはり歌はう上手い、広い声域を縦横に使って聴かせる。「ダンスはやめられない」の歌唱に関しては歴代コンスタンツェ(松たか子、西田ひかる、木村佳乃)のなかでも、最も聴きごたえがあると感じた。
  
  終盤、苦悩するモーツァルトを中川は鬼気迫る演技で訴えかける。自らの内面でもあるアマデ(子役)との葛藤、やがて決別。それが、まさに自我の分裂、そして死。
「神がつかわした奇跡の人 時をこえ輝く永遠の星よ・・・世界果てる日まで奇跡は終わらない・・・」(「モーツァルト!モーツァルト!」)
幕が下りても、熱気はさめやらない。
当然、満場スタンディグ、中川モーツァルトの希代名演であった。
  
  先日の井上芳雄演ずるモーツァルトがスタンダードとするなら、まさに中川モーツァルトはややデフォルメされたとも云えるかも知れない。しかし、その躍動感、そして自らの才能ゆえに苦悩し自我の分裂にいたる過程のリアリティは称賛にのみ値する。
いずれのモーツァルトも次回の進化が今から楽しみだ。

2007年12月13日木曜日

ミュージカル「モーツァルト!」



帝国劇場でミュージカル「モーツァルト!」を鑑賞。再々演になる。2005年の再演とはとは随分演出が変わった印象だ。モーツアルトの心象ともいえるアマデ(子役)が、苦悩していくモーツアルトの心理の理解を助ける。
2002年初演以来のキャスト、ナンネール役の高橋由美子、コロレド大司教役の山口祐一郎、レオポルト役の市村正親の安定感が抜群。圧倒的な存在感を放つ涼風真世のヴァルトシュテッテン男爵夫人には脱帽。気品あるモーツアルトを演じていた井上芳雄が、前半、才能におぼれる若き天才をびのびと、後半その才能ゆえに苦悩する姿を迫真に演じた。そのメリハリが見事。名演と言ってよいだろう。

湯島へ~「池之端藪蕎麦」


朝から雨模様だが、湯島に所用があるという連れ合いに同行して外出。目的は昼食。
湯島といえば名店はひしめき合うが、お目当ては藪蕎麦御三家の一角をなす「池之端藪蕎麦」(おむかえの「金太楼寿司」にも心は引かれたが)。
決して大きな店構えではないが上品な佇まいで迎えてくれる。手際の良い店員の動きも粋のうち、今日は連れ合いが天麩羅蕎麦、私はあられ蕎麦を頼んだ。芝海老のかき揚げがのった天麩羅蕎麦も捨てがたいが、海苔のかおり豊かで半生の小柱の食感が楽しめるあられはまさに江戸前の極みであろう。蕎麦は細くその食感、香りともに言うこと無し。つゆは浅草の「並木藪蕎麦」ほどに濃くはなく中庸とでも評すべきか。とにかく美味い。


調べてみると、「藪蕎麦」のルーツは、団子坂蔦屋の神田連雀町店(現在の神田淡路町2丁目)。これを明治13年に浅草蔵前で「中砂」というそば屋を営んでいた「堀田七兵衛」が譲りうけ、屋号を「薮蕎麦」(「かんだ藪蕎麦」)としたことに始まる。やがて御本家の蔦屋が廃業し、その看板は「薮蕎麦本店」として”かんだ 藪蕎麦”が継承。さらに大正2年(1913)には、「堀田七兵衛」の三男の「勝三」がに浅草並木町で出店。今に続く名店「並木藪蕎麦」となる。「池之端藪蕎麦」は「勝三」の次男の「鶴雄」が始めたもので、この三店が藪蕎麦御三家と称される。
江戸前蕎麦を語る上で、藪御三家は欠かせない。

2007年12月10日月曜日

慇懃無礼

慇懃無礼  
   言葉や物腰など表面は丁寧であるが、
             その裏は尊大であること


昼過ぎから、S事務長とS係長にお出で頂いて経営会議(というより前月の実績を検討、叱咤される場)。その場に、全くアポ無しで登場した某ドックセンターの事務長代行M女史、「本日は御願いが2つほどあって参りました。・・・・」と、始まった。
当方、少々ご機嫌斜めではあったのだが、カチンと来た。
突然乱入して、御願いはないだろう
で、その御願いとは、自分の施設の検査機器がが空いてるから使ってくれ、さらに頼みもしないのに格安料金を用意したから当方にドックにはいれ、ときた

その物腰が言いようが、まさに慇懃無礼
S事務長が招き入れたのでなければ、席を蹴るところだが、ぐっとこらえた。
 
久々にむかつく吾人と対面してしまった。

2007年12月7日金曜日

RMシャンパーニュの至福3


朝食は夕べのクエ鍋雑炊、雑炊は間違いなくクエ>フグだろう。
連れ合いが所用ででかけた後は、駄犬と我が家で過ごすことになった。
昼食はカップラーメンですませ、ぼんやりと過ごす。やらなければいけにこともあるのだが、どうも気が乗らない。
やがて帰宅した連れあいと、夕食。
贅沢の極み!! RMシャンパーニュ第二夜。
今晩はペルトワ・モリゼ ブラン・ド・ブラン グラン・レゼルヴ N.V.(コート・デ・ブラン地区メニル・シュール・オジェ)を開ける。自社畑12haで収穫されるブドウのみを使用し年間生産量70000本の小さなドメーヌで、1951年イヴ・ペルトワ氏とジャナン・モリゼ女史の結婚により設立され、1994年イヴ氏の引退後は息子ドミニク氏に引き継がれ、2002年からはその娘セシル女史も参加、一貫した家族管理のレコルタン・マニピュラン。
コート・デ・ブラン地区お得意のブドウ、シャルドネ100%で醸される逸品は、昨晩のピノ・ノワール100%とは全く別物味わい。酸味よりもほのかな甘みさえ感じさせるフレッシュで爽やかなシャンパーニュ。
シャンパーニュの奥の深さを堪能した。
シャンパーニュを原料として認められているブドウ品種はシャルドネ、ピノ・ノワールとピノ・ムニエの三種のみ。シャンパーニュの3大テロワールは各々、得意なブドウが違うのだという。
コート・デ・ブランは、ミネラルたっぷりのチョーク層と呼ばれる土壌で気品ある白ブドウであるシャルドネが栽培されている。
対して、モンターニュ・ド・ランスでは赤ブドウのピノ・ノワールの栽培が盛ん、そしてマルヌ川近くのヴァレ・ド・ラ・マルヌでは他の二種の保持品種であるピノ・ムニエが栽培されている。
個性的なブドウ三品種がまみえ、至福のシャンパーニュが産まれる。まさに、神に祝福された地に違いない。

2007年12月1日土曜日

RMシャンパーニュの至福2



本日の夕餉。
まずは本日到着の頂きもの「銚子漬け」の魚を賞味、美味い
絶妙の味付けで、ペロリと一枚喰ってしまった。

メインは、河豚より美味いと称される「クエ」鍋。冷凍ものだが、本クエが手に入ったので、早速。本当に不思議なのだが、このクエ、他の魚とはとは比較にならない濃厚で上品なだしがでる。ちり鍋系では、個人的には最も美味い鍋だと思う。
〆の雑炊で一滴残らず・・・・だが、喰いきれない
明日の朝食のお楽しみとなった。

さて、強引だが、この食事に(最近凝ってる)RM((Recoltant Manipulant:レコルタン マニピュラン)シャンパーニュをあわせてみた。今晩はミッシェル・アルノー・ブリュット・グラン・クリュ・ヴェルズネイ(モンターニュ・ド・ランス地区ヴェルズネイ村 生産者:ミッシェル・アルノー)、ピノ・ノワール100%の爽やかな酸味が、ポン酢とハーモニーとなって、これまたお見事なマリアージュとなった。