2007年10月29日月曜日

毎日”未熟者”

あがいて もがいて 1日がゆく
わめいて ほざいて 1日がゆく
さからい はむかい 1日がゆく
当たって 砕けて 1日がゆく

               作詩:中島みゆき 作曲:中島みゆき

中島みゆきのCD「I Love You. 答えてくれ」の一曲目にやられた!!
我が日常を描写されているようで、唖然。
さらに歌詞をじっくり聴けば聴くほど.......益々、思い当たる我が身の不徳。

野望はあるか 義はあるか 情(なさけ)はあるか 恥はあるか
               作詩:中島みゆき 作曲:中島みゆき
               
と問われれば、答えようもない自らにただ自己嫌悪。
さらに、義なき野望をもち情けを捨て恥を知らない為政者の多きを思い、絶望する。

それでこうして やさしい人をおろおろと探しているんです
それでこうして 道なき道をおろおろと探しているんです

               作詩:中島みゆき 作曲:中島みゆき
               
全くごもっともです。
さらには、この歌詞にあるような体験を毎日していながら、こうした言葉にできない我が非才を嘆き、どうした体験や取材によるにせよこれが書ける中島みゆきの才能にただただ絶句。

あいにく本日、未熟者 わたくし本日、未熟者
あいにく本日、未熟者 わたくし本日、未熟者

              作詩:中島みゆき 作曲:中島みゆき

「はい、わたくし未熟者です。」
         (m_m) 反省 (m_m)

この「本日、未熟者」はTOKIOのシングルとしても既に発表されたものらしい。

2007年10月28日日曜日

夕焼けにたつ富士





2007年10月22日月曜日

とりあえずビール

「といあえずビール」、最も消費量の多いビールの銘柄だというジョークがあるが、わかる気がする。だが、若者のビール離れが進んでいるらしい。
ビール主要5社が発表した今年上半期(1~6月)のビール関連飲料(ビール、発泡酒、第3のビール)の出荷量が、前年同期より1.9%減り、1992年に現行の統計が始まって以来、過去最低になったという。
「とりあえずビール」も過去のものか? ビール党の中年としては少々寂しい。
本場ドイツでも、男性のビール飲酒率は8割だが、ヘルシー指向のビール飲酒率は3割弱。1987年に効力はうしなったものの1516年から守れれてきた「ビール純粋令」:「ビールは大麦、ホップ、水(・酵母1558年から)以外の原料を使用してはならない」が、低アルコール・低カロリーのビール飲料を産み出す障壁となったという説もあるが。
昨今、我が国に酒屋やスーパーのビール陳列棚をみると、少なくても商品種類の多さが、ビール(飲料)の追い風となっているようには見えない。
とにかく、美味いビールが飲みたい。
秋は特に、ビールが美味い季節だ。
最近、老舗製薬メーカーがビール会社に買収されるというニュースある。
だったら益々、頑張れビール!!

2007年10月21日日曜日

柘榴坂逍遙


JR品川駅高輪口から第一京浜(国道15号)越えて、西側にのぼる坂道がある。
柘榴(ざくろ)坂と呼ばれる。
見た目よりも登りは意外にきつい。坂の北側はかつての薩摩藩島津家下屋敷で現在はホテルパシフィック東京、やがて品川税務署。
税務署の前には金木犀が植えられていて、この季節はその芳香で迎えてくれていたが、改装中故か今日はその香りはない。
かつて30年は昔、この坂道を闊歩した思い出は、常にこの香りと共にあった。
やがて改装なった税務署に、再び金木犀も戻るのだろうか。
見上げれば、街路樹の葉が朝の日差しに反射して眩しい。
やがて、旧 北白川宮邸跡地に建つグランドプリンスホテル新高輪に到り、坂は終わる。
振り返って、坂を見下ろすと、追憶の芳香が一瞬ただよったように感じた。
 
 調べてみると、柘榴坂は、太平洋戦争中、出征兵士が品川駅から出る軍用列車を待つ小休止場になっていたことがあるらしい。この坂から見る景色が、最後の東京となった多くに若者がいたであろうことに思いをはせ、その平安を祈る。

2007年10月20日土曜日

インフルエンザワクチン接種開始


本日より当市では、高齢者(65歳以上)インフルエンザワクチン接種一部公費負担が開始となった。初日は、小児も含めまずまずの出足。
2007/2008冬シーズンのワクチン株は
A/Solomon Islands(ソロモン諸島)/3/2006(H1N1)
A/Hiroshima(広島)/52/2005(H3N2)
B/Malaysia(マレーシア)/2506/2004
の三種、前シーズン(2006/2007冬)と比べるといわゆるソ連型(H1N1)がだけが(A/New Caledonia(ニューカレドニア)/20/99)から変更になった。
このところ、やや予防効果が低下した印象のあるインフルエンザワクチンだが、どうだろうか。
早速、接種。

2007年10月19日金曜日

Freude am Fahren


ついに世紀を越えて頑張ってくれた当家の愛車318がお役御免となり、本日、新車320が納車。なんか、ちょっと角張った顔つきだが、バイエルの風、Freude am Fahren(駆け抜ける歓び)を届けてくれるに違いない。

2007年10月18日木曜日

漆黒見参


我が家の電気炊飯器の具合が良くない。内釜に傷が多数出来たせいか、炊きムラがおこるようになった。すでに数年前に、型落ちで買った炊飯器だが、そろそろ世代交代かと。熟慮の末、新規炊飯器の購入となった。お目当ては、三菱電機製NJ-WS10。この9月に型落ちなったとはいえ、炭を削りだしてつくった本炭釜の初期モデル。但し、高価で、なかなか手が出せなかった。この度、ついに、清水の舞台から飛び降りるつもりで購入。本日、NJ-WS10「漆黒」見参。

2007年10月11日木曜日

TVドラマで自らの愚を知る

丸一日、雑用をこなして過ごす。
夕方からTVで「踊る大捜査線」再放送、夜は「医龍2」などを結構真剣に観てしまった。で、「仲間」、「同士」なるものを真剣に考えさせられた。
凶弾に倒れた仲間の為に一丸となる湾岸署の面々、目の前の患者を救う事で一致し諦めないチームドラゴン。現実的でないところも多々ある。青臭い正義感を振り回しているようにも思える。だが、冷静さを失わない情熱の熱さに、何故か郷愁と感動を覚えるのだ。
ただただ、熱い念いを抱き、その発露として行動することは、誰にでもできる。しかし、念いをひとつにする情熱の強さ限りなく、がしかし常に冷静さを帯同する、それは、疑いようもなくプロフェッショナルの姿だ。
そういえば最近、現実には、プロの仕事をあまり目にしていない。
むろん、自分も大反省だ。時に情熱は萎え、多くの時に冷静さを欠く。
嗚呼、我は何故小人なるか。
プロの仕事、魂が呼応し、情熱は核融合のように膨脹増大し、念いは不可能を可能にする。そんな現場に何度か立ち会った事がある。今思い返しても、身は震え心は躍る。
あの瞬間に居たものは、確かに「仲間」であり「同士」、そしてプロフェッショナルだった。
嗚呼、我は何故未だ愚人なるか。

2007年10月8日月曜日

松輪は鯖の旬


鯖のブランドといえば、西の「関鯖」に対し東は「松輪鯖」。
三浦半島の南端に位置する松輪地区では、6~11月の漁期に沿岸域に来遊するマサバの一本釣漁業が盛んで、夜明け前に出漁し、釣上げた魚は昼過ぎには水揚げしてすぐに出荷。胴体から尾にかけて黄色い筋が入り「松輪の黄金鯖」とも呼ばれるブランド鯖。8月のお盆過ぎから秋に旬を迎える松輪鯖をしめ鯖でいただいた。上品な脂と清々しい香りに目もくらむよう・・・絶品。

さらに今晩は、博多からお取り寄せのもつ鍋辛味噌仕立ても。これもまた、箸が泊まらない(^_^;

爆睡犬


肩口に感じる秋

2007年10月7日日曜日

海と山の恵み



海の恵みは、「戻り鰹」。今年の鰹は時季が長く美味い 鰹好きには嬉しいかぎりだ。
山の恵みは、先日到着の「モンドール」。とろける食感と、芳醇な味わいが赤ワインと見事なマリアージュをみせる。
秋の食卓は幸福だ。

2007年10月4日木曜日

ヴァシュラン・ヌーボー


フランスとスイスの国境地帯ジュラ山脈にはモン・ドール(黄金の山)という山があり、この地帯の人びとによって作られてきたチーズが、モンドール。秋から冬の恵みだ。
もともとはコンテやモルビエなどのチーズを作った後の 残ったミルクで作られていたのだそうで、近隣の地域やスイスにも、同じ製造 過程で作られるチーズがいくつもあり、、それらを総称して‘ヴァシ ュラン’と呼ぶらしい。
エピセアというもみの木一種の薄板で周囲を巻いていて作る、熟成したチ ーズは流れるようにトロトロで、木箱から外せない。表面は薄いオレンジがかった白カビで被 われていて、まるでビロードの布にやさしく覆われたような姿。表面のカビを取り除き中をのぞくと、アイボリー色 で、スプーンですくわないと取り出せない程クリーミーで柔らかいチーズが現れる。
製造解禁日 が8月15日と定められ、製造元で4週間、その後チーズ業者で2~3週間熟成させるので、一 番早く市場に出るのが9月末。
これを、「ヴァシュラン・ヌーボー」とパリの人々は待ちわびているそうだ 。
そして、今日、初もの到着

2007年9月28日金曜日

「シッコSiCKO」

「華氏911」でブッシュ政権批判をしてみせた奇才マイケル・ムーア監督の「シッコSiCKO」を観た。
某シネコンでは既にレイトショー一回の上映で、しかも本日最終日。
飲み物を抱えてシアターに入ると、意外に席にはパラパラと客がいる。物好きは我々だけじゃないらしい。

冒頭、無保険の為に足の傷を自分で縫う男性、結構上手。手慣れた創傷抱合だ。
「再接合費用は、薬指が1.2万ドル  中指は6万ドル」と告げられ、保険に加入していない患者は中指をあきらめる。
保険未加入のために病院からタクシーに乗せられ、雪の降る道ばたに置き去りにされる老人。
保険に加入していても、「実験的治療だ」と断じられ給付を拒否される被保険者。

米国の医療制度を徹底してこき下ろし、「何故だ?」を連発するムーアの手法は、結局米国至上主義の裏返しのようにも思えるし、カナダや英国、フランスの医療制度の負の部分に触れずに皆保険制度を無条件に礼賛するのどうか思うが、現実に明らかにされる米国の実態は酷い。
だが、その実態は、この国でもある部分既におきた事、これからおこるだろう事。
この映画を鑑賞した人たちは、その事に気づいているだろうか.....

2007年9月23日日曜日

pâtisserie Sadaharu AOKI


pâtisserie Sadaharu AOKI のケーキ。
通りすがりに、、思い立って購入した。
かつてこよなく愛した銀座「エルドール」のケーキの記憶を少しだけ呼び起こす逸品。

肉の万世


久々に「肉の万世」で昼食、学生時代から変わらぬ味の「和牛鉄板焼き」、たっぷりの炒め野菜と薄切り切り落としビーフを、シンプルな醤油だれにつけて食す。好みで黒胡椒を挽き、タレにはマスタードを加える。複雑な料理ではない。しかし、白飯との相性のよいこの一品は、時に無性に食いたくなる。

2007年9月22日土曜日

相づち

「相づち(相槌)」とは、元々は鍛冶屋の道具から来たのだそうだが、話を聞くときに重要なコミュケーションツールであり、その種類も多い。実際にはほとんど無意識に相槌をついていることが多いが、つかれてみると気になる事も少なくない。
最近気になるのが、若い女性が使用する事が多い「ほんとですか?!」だ。しかもその使用頻度は多い。これが多分、さらに低年齢化や相手によっては、「うそー!」または「うっそー!」に変化するのだろうが、さすがにそのクラスの女性とはほとんど縁がない。
新しい情報を聞いて疑問をもったり驚く場合は、「ほんとですか?!」は適切かも知れないが、ただ新しい情報を受け入れる場合にも拡大使用されている事が多く、この辺が違和感だ。
「ほんとですか?!」を連発されると、「そんなに俺の言ってる事は怪しいか?」と少々ムッとする。
それとも、そんなに吃驚するようなことを言っているのだろうか?

2007年9月20日木曜日

「新宿今井屋本店」



観劇後は、モリエールビル地下の「新宿今井屋本店」。ここも、比内地鶏系焼鳥屋というより鶏料理屋。今回で三回目の利用になる。

美味いのは言わずもがな、特にレバーと比内地鶏抱き身(皮でもも肉を包んだ)は絶品

口開けの客だったせいか、かなりのハイスピードで串が出てくる。連れ合いも私も、出されたものはトッとと食べる、ペースは速いほうだが、それに負けないペースだ。
実際、焼き鳥は客の食べるペースにあわせて出すのが難しい料理だろう。串によって焼く時間も違うのだから、客が食べるペースを変化させると、前の串が終わらぬうちに新しい串が出されてしまう事になる。それでも、もしかすると微妙なペース調節をしているかも知れないと思うのは、「伊勢廣 帝劇店」の店長さん。しかし、今日の今井屋は、少々速すぎるペースだ。
特筆すべきは、よく訓練されたサービス。まだ客が少なかったせいもあるのだろうが、飲み物のおかわりを尋ねるタイミングよい。注文してからトイレに立つと、トイレから出てきたのを見て、さっと注文の飲み物を持ってくる。実に心地よい。
 食事の時に持ってきた新しい割り箸を使わずに「もったいないから」と返すと、さりげなく点検してから他の割り箸と一緒にするのがかいま見えた。それでこそ、客商売。あっぱれ

「橋を渡ったら泣け」


新宿シアターモリエールで、演劇集団キャラメルボックス若手公演「橋を渡ったら泣け」を観賞。土田英生のこの脚本は、今年3月、生瀬勝久演出によりシアターコクーンでも上演された。
個と集団それぞれの危うさ、混乱と安定、正気と狂気の相似性を、描きだしている見事な作品だ。これに、キャラメルの若手がどう挑むのか。
3月コクーンでは奥菜恵が演じた八代を今回の公演では唯一の若手外・岡内美喜子が安定感のある演技で参加、大倉孝二演じた佐田山を阿部丈二、戸田恵子演じた赤柳香織を小林千恵らが好演、大内厚生の演出もシンプルながら土田脚本の味わいを十分に展開して見せた。
堪能させていただきました

2007年9月17日月曜日

鶴見今昔下野谷あたり

鶴見、とくにその下町あたりを歩くと、沖縄姓の表札を目にすることが多い。沖縄料理を掲げる小さな店も多い。
高度経済成長を支えた京浜工業地帯のまさに中核として、川崎・鶴見の臨海部には鉄鋼や電気機械、繊維など重工業関連の工場が立ち並んでいた。その労働力として、沖縄の若者が期待され、30年ほどまえには毎年100人以上が集団就職として上京し、川崎・鶴見周辺の企業に就職したという。やがて、リトル沖縄と呼ばれる地域もできた。
最盛期、工場は24時間で、夜勤明けの工員が疲れを癒し、寝酒代わりの一杯を提供するため、この地区の酒屋の開店は早い。その店の脇には、立ち飲み処まである。それが、鶴見下町の常識。

最近は何故か、南米系の方々が増えた。南米料理、ブラジルパブなんて看板も目につくようになった。

各地にお祭りに花を添えるサンバ隊の三婆の拠点となっているという、真しやかな噂は・・・・・・・・・ない。