2007年8月29日水曜日

美麗島到着




爆発も炎上もせず、無事、台北桃園国際機場へ着陸。
美麗島への11回目の上陸
ちなみに「美麗島」とは、ポルトガル語が語源。ヨーロッパ船として初めて台湾に到達したポルトガル船の船員が、緑に覆われた台湾島に感動して「Ilha Formosa (麗し島)  」と叫んだという伝承にはじまる。そこから、台湾の別称である「Formosa(フォルモサ)」が生まれ、その中国語訳が美麗島」。
正式には中華民国台湾省。

空港内に、働くビーグル犬のポスターを発見。我が駄犬を思う。「ウチのは・・・」
それにしても、恐るべし携帯電話 機内から出て電源ONと同時に、「お客様の携帯は日本と発着信が可能です・・・」とショートメールがはいる。入国審査待ちの列では、既に到着報告をする日本人女性までいて・・

台北は天気晴朗。
気分は爽快

時差-1時間  1円=3.7台湾元

機中





食って、飲んで(は当然Taiwan Beer)、快適なフライト。中国語(おそらくは北京語)のアナウンスが、雰囲気を盛り上げる。機内は既に中華圏。
・・・かつて、多くの不埒な男子諸君憧れの客室乗務員、比較的平均年齢が上がったよように感じるのだが、China Airlineだけか?

出発




旅立ちは小雨模様のYCAT。
高速道路から、雨にかすむヨコハマを望む。徐々に盛り上がる旅情。



約70分で雨の空港に到着。
まだ、人影はまばら。
さすがに、旅気分100%!
それにしても、首都市街地からこんなに遠い国際空港って、他にあるんだろうか?

2007年8月26日日曜日

ルイ・ロデレール


夏の暑い日の夕方は、シャンパーニュが恋しい。
だが、そんな贅沢にいつもありつけるわけではない。
だから今晩のように、いただきものの一本を開ける幸せを神に感謝。
酸味より豊富な果実味を感じるルイ・ロデレールは、かつてのロシア皇帝に寵愛されたシャンパーニュとして有名。
19世紀半ばからロシア宮廷にシャンパーニュを納めていたルイ・ロデレール社に、1876年のある日、ときのロシア皇帝アレクサンドル2世からひとつの要望が伝えられた。
「朕の食卓に供されるシャンパーニュは下々が購入できるものとはまったく違うものにせよ。すなわち、瓶はクリスタルであること。また、ナプキンで覆ってサーヴするときナプキンから出るボトルの首の部分は半透明にして、それだけで朕のシャンパーニュと分かるようにせよ」
この要求に従って生まれたのが、ルイ・ロデレールの銘品クリスタルだという。
今宵は、滅亡したロシア帝国の栄華を思って乾杯

2007年8月17日金曜日

一串入魂礼賛




夜、誘い合わせて「地鶏屋 たかせん」。たっぷりと比内地鶏を味あわせてもらった。
上質なレバーを一口食べて、「わー、これなら食べられます。」と、レバー嫌いのE嬢が目を輝かす。
胡麻油で食す砂肝刺しも、「美味しい」と売れ行き順調。
若い衆に美味いものご馳走して、喜ばれることが嬉しいなんて、いよいよ自分も「オヤジ」だなと自嘲しつつ、こちらも食いかつ飲む。
もも、つくね、くび、ぼんじり、もつ竿灯。意外なほどしっかり火が入っているが、固くない、噛みしめと肉汁が口中をみたし、その余韻がさらに噛むことを一瞬躊躇させる。さすが、「一串入魂」
柚胡椒で味わうムネまで追加、それでも〆やはり親子丼
これが無ければ終われない。

2007年8月16日木曜日

「LOVE 30」


猛暑というより、暴暑と云いたくなるようななかを、 渋谷PARCO劇場へ。
スペイン坂は、半裸と見間違うばかりの青少年少女であふれるが、そんな異景をじっくり観察する余裕など無い。冷房が効いた劇場へ、とにかく逃げ込む。
ABC朝日放送深夜枠で放送された「女と男の物語」の舞台版第2弾。登場人物は男女二人、一場30分の芝居×3。TVドラマとしては、まさに舞台芝居的構成、それを実際に舞台でやってみたらが、今回の「LOVE 30」で、すべて宮田慶子の演出。
■北向きの女 作:青木 豪(グリング) 出演:純名りさ × 内田滋
■アルゼンチンにて作:赤堀雅秋(シャンプーハット) 出演:鈴木砂羽 × 尾美としのり
■箪笥の行方 作:田村孝裕(ONEOR8) 出演:小西美帆 × 羽場裕一
それぞれ、ちょっとシニカルな大人のラブストーリー。三話共に楽しめたが、特に箪笥の行方は良かった。元気でサバサバした女性を演じる小西の演技がシャープで小気味よい、それを受ける優柔不断な男を羽場が飄々と演じる。芝居全体のテンポも良かった。

観劇後、池袋に移動して、19時からK氏、T氏と納涼OFF会。4時間たっぷり語り合い、大満足。

2007年8月15日水曜日

特別な日

半旗掲げる交番を見かけた。
今日は、「貧しき者が憂う事なく、弱き者が悲しむ事なく、病める者が泣く事のない、明日に明るい希望を抱く事ができる、..大きなお日さまのように暖かく、まばゆいばかりの幸せに満ちた国。愛する事が、信じる事が決してみじめな勇気を必要としない国」(つかこうへい戯曲「飛龍伝」より)の為に命を落とした人々に敬意を込めて祈り、その思いが報われるように我々が誓う日だ。

2007年8月14日火曜日

イタリアンの魔力






20年も前は、街中にフレンチレストランが林立していた。今やそのステータスを奪ったのは、イタリアンだ。シティホテルのメインダイニングが、フレンチからイタリアンに変わったところも少なくない。当時、所謂高級イタリアンレストランが、都内にもでき始め、イタリア料理=スパゲティ=ナポリタン&ミートソースという貧困なイメージしかなかった食文化に、衝撃を与え始めていた。今や、カジュアルなトラットリアから居ずまいをたださねばならないようなリストランテまで、あらゆるシチュエーションで利用できるイタリアンの飲食店が街中にあふれている。
だが、「思い立ったら、イタリアン」。そんな我が儘が許される気軽さが、イタリアンの真骨頂と勝手に思っている。
 以前、知人に紹介されて、何度も利用したイタリアンレストラン「Z」だが、何となくタイミングが合わずに、ここ1年以上ご無沙汰。だが、今日「思い立った」。
 シェフ一人で切り盛りする小さな店だが、味は間違いなく一流。久々の邂逅jに胸が高鳴る。
挨拶を終えて、まずは水を注文した。今日のように暑い日は、ガス(炭酸)入りミネラルウォーターが喉と身体を癒してくれる。以前は、銘水サンペリグリノが供されたのだが、見たこともないボトルがでてきた。訊けば、ナポリの水で7歳以下は引用禁止の硬水。
爽やかに喉をくすぐる炭酸としっかりとした重み、後味にほのかな苦味を残していく。こういう水は大好物だ。
水に感動するうちに、皿にすき間無く並べられた前菜の盛り合わせが登場。特に、茄子のカポナータは絶品。スプマンテで乾杯このあたりで、既にイタリアンの魔法にかかってしまう。
二皿目は、フレッシュ・サンマルツァーノトマトのソース、ズッキーニとパンチェッタの二種のパスタ。夏らしい一皿だ。「最近は日本でも作るようになったので、サンマルツァーノトマトのフレッシュが手にはいるようになりました。今が最盛期です。」と、シェフ。 くどくない酸味がパスタを引き立てている。さらに秀逸なのが、塩味うすめのパンチェッタで味付けられたズッキーニとパスタ。ズッキーニがこんなに美味い野菜だったのかと、再確認。当然だが、完璧なアルデンテに茹で上げられたパスタが上質のオリーブ油と絡まり、歯ごたえ喉ごし共に申し分なし。
でも、ここで終われない。魔法がかかった胃袋をイタリアンモードにギアチェンジ。
この店で初体験した感動のカラスミのパスタと我が青春の思いでであるボンゴレ・ビアンコを追加注文。カラスミを粉状にしてまぶしたパスタに、ルッコラが少量あえてある。このパスタとドライな白ワインとの相性の良さに異を唱える者はいないだろう。ボンゴレも浅蜊のジュースがパスタにしっかりと味をつけ、瞼を閉じれば潮騒の音が聞こえそう。
 ボンゴレ・ビアンコの思いでは30年前、原宿表参道にあったイタリア料理屋「トスカーナ」。仲間と折ふれては集まり、そこでいつも注文したパスタだった。ナポリタン&ミートソースから卒業させてくれたイタリアンの原点とも云える。そんな、イタリアン体験をシェフに語りながら、ついに二人でパスタ4人前を平らげてしまった。
連れ合いがデザートを頼むと、リコッタチーズのレアチーズケーキが登場。しかも、レモン風味のグラッパがトッピング。黙ってられない「ぼっ僕にも下さい」と、思わず。当然、グラッパ、ついでにレモンリキュールもお味見。さらに、高級グラッパも口開けを一杯頂きながら、イタリアワイン談義。なかなか魔法はとけない・・・

食べ、飲み、語る、イタリアンの魔力は侮れない。
 でもその魔力で、幸せな時間が過ごせるこは確か。

2007年8月11日土曜日

美酒に酔いしれる夜



暑いまさに猛暑だ。
昨日あたりから、キリリと冷えて日本酒が飲みたくなった。
第1候補はやはり居酒屋「N」、お盆休みでは無いだろうかと不安だったが、「夜は通常営業です」と、心強い。
緊急招集に応じてくれた飲み仲間二人と17時過ぎから開始。
日本酒の品揃えなら屈指と云って良いところだが、まず一杯目はやはり「十四代」。この酒の感動はいつも変わらない。
 今や最も手に入りにくい酒となった「十四代」、最初に口含んだときに、まず自分の清酒に対するイメージの貧困さに打ちのめされる。何という鮮烈な芳醇さ、たとえようもない艶やかな旨味、それはまるで囁くように全身を駆けめぐり、しかし確実に印象として刻まれたいく。
 「俺は清酒で天下を取る。お前は焼酎で天下を取れ。」そう言ったという当時東京農大醸造学科の学生だった高木顯統氏は、その後25歳の時に故郷山形県村山市で無名の酒蔵の十五代目として酒造りを始めた。杜氏の引退という事態を受け現場経験無しに、造りたい酒のイメージだけで、多く人の手と知恵を借りて醸したのが、この銘酒「十四代」だ。理想に向かって折れず、真摯につくる、その姿勢は裏切られなかった。ちなみ、高木青年が「天下を取れ」と言った相手は西陽一郎氏、鹿児島件日置市の西酒造を継ぎ、「富乃宝山」、「吉兆宝山」を生み出した。物づくりに情熱を傾けるすべての人に乾杯。彼らの思いが報われる日を祈って
さて、二杯目は「醸し人 九平次」-平成9年に彗星のごとく登場して瞬く間に日本酒界を席巻した「平成の奇跡」-をいただく。香り高く、しっかりとした旨味があり、後キレが良い。絶妙のバランスを見事に維持している。
いつものように、少々飲み過ぎたが、満足。
 
惜しむらくは、肴のメニューが変わり、これはと思うものが無くなった。スタッフの日本酒についての知識も明らかにレベルダウン高いクオリティーの継続はどこでも困難なようだ

二次会は市内居酒屋「T」にて、仲間一名増員。
後半、寝てました

2007年8月9日木曜日

「ロマンス」


新宿紀伊国屋ホールの椅子の座り心地は良くない。(デブには)狭いし、クッションが悪くて長時間の鑑賞には耐えられない。急ごしらえの劇場を除けば、座り心地の悪さでは下北沢本多劇場と双璧をなす。
だが、三軒茶屋世田パブリックセンターの二階席も、窮屈さと座り心地の悪さでは、これらに並ぶだろう。急勾配の階段教室状に作られた席は、確かに舞台を見渡すとき死角がない、が座面も高く背もたれがほぼ直角では疲れる。これで1階フロア席と同じS席料金は、納得いかない。
 
 早めの夕食後は、本日二つ目の観劇、こまつ座&シス・カンパニー公演「ロマンス」(作・井上ひさし、演出・栗山民也)鑑賞の為に三軒茶屋へ。余談だが、芝居を見に行く小屋としては三軒茶屋は最遠方、渋谷から東急田園都市線に乗ると、もはや我がテリトリー外。それでも出かけていくのは、今回 大竹しのぶ、松たか子の共演、段田安則、 生瀬勝久、木場勝己ら芝居巧者に、ミュージカル界の貴公子・井上芳雄が加わるキャスティングに惹かれて。最初に狙った公演日はとれず、抽選でやっとチケットを確保できたのが、今日。
芝居は偉大なる劇作家アントン・チェーホフの一生が題材。チェーホフを男優陣が年代別に次々と演じていく、妹マリア・チェーホワに松たか子、妻オリガ・クニッペルを大竹しのぶ。実はヴォードビル(おそらく笑劇仕立てという意に解すべきだろう)を愛し、自らの戯曲もヴォードビルだという。うーーん、難しい。あの名作「かもめ」、「ワーニャおじさん」「三人姉妹」「桜の園」が、笑劇??とは、かえって解釈が難解だ。
芝居そのものは、表現力豊かな役者陣のおかげで楽しませてもらった

桃園豚に恋して




実は、豚肉があまり得意ではない。脂身の香りが好きじゃない。
だから、自ら望んで食べるlことは無いのだが、例外はヒレカツ。脂身が少なく食べやすい。さらに、例外は桃園豚のヒレカツ。これは、わざわざ食べに出かける。
桃園豚は中国原種豚を品種改良した銘柄豚なんだそうで、これは旨い。
新宿高島屋14階「かつくら」へ通うのも、この桃園豚を食べたいが故。
紀伊国屋ホールで芝居がはねた後は、早めの夕食で、久々に「かつくら」。


最近リニューアルしたようで、以前よりゆったりとした内装になった。
注文後しばし胡麻を摺りつつ待つ。京漬け物も美味だ。

麦ご飯がお櫃で供され、準備万端。そこへ、とんかつが堂々と登場する。
肉質の良さは言わずもがな、噛みしめるとジューシーさに気が遠くなりそうになる。
美味い只管美味い、飯が進む。

一時期、やや揚げ方にムラがあったが、今日はそうでもなかった。満腹で店を後にする

「売春捜査官」


新宿紀伊國屋ホールで北区つかこうへい劇団「売春捜査官2007」を観賞。
観劇前の昼食は紀伊国屋書店ビルBF1のモンンスナック。カウンターだけの小さな店だが、サラサラカレーが絶妙。最後の一滴まで皿を舐めたくなる。
 つかこうへい作「熱海殺人事件」をベースにした芝居は、常に進化し続け、今や何バージョンあるのだろうか。主役の木村伝兵衛部長刑事を女性が演じる「売春捜査官」も、そのひとつで、かつての大分つかこうへい劇団・由見あかりのが鮮烈だった。それを女優・黒谷友香が演じる再演。一昨年の別バージョン「平壌から来た女刑事」では、ただ怒鳴っているだけ、台詞の棒読み(しかも噛みまくる)、「努力は認めるけど....」という状態だったのだが、去年「売春捜査官2006」では全く違っていた。まさに、つか芝居で黒谷が化けた。堂々たる木村伝兵衛を演じた。その後「蒲田行進曲 〜城崎非情編〜」でも、小夏役の好演も目立った。
さて今年は、幕が上がりタキシード姿の黒谷登場、その瞬間からグイグイと舞台に引っ張られるような迫力。感情表現が豊になり、激しいつか芝居を自分のものにして緩急強弱をコントロールしている。顔を真っ赤にして涙をためながら、それでも声はしっかり出ていて台詞が聞き取れる。実に見事な演技に拍手。
 「ったくもう。何度言ったらわかるんです。もう女が男に幸せにしてもらう時代じゃないんです。女も幸せは自分のその手で勝ち取る時代なんです。」
 熊田留吉刑事に武田義晴、犯人・大山金太郎役で小川岳男と、つか芝居常連の役者が脇を固め、二時間を堪能させてもらった。

被爆のマリア像


史料によれば、広島に原爆投下がおこなわれた1945年8月6日二つめの原爆がテニアン島で組み立てられた。それは、8日、アメリカ陸軍在グアム第20航空軍司令部野戦命令17号によって、8月9日投下、第1目標は小倉、第2目標を長崎と決まった。同日、日ソ不可侵条約は破棄され、ソ満国境が侵された(ナガサキが東西冷戦の犠牲になったとの説の所以ともいえる)。 8月9日9時44分、投下機B29ボックス・カーは第1目標である小倉上空に達したが、目視による投下目標確認失敗を3回繰り返すうち、天候が悪化、対空砲火が激しくなり、迎撃機の発進も確認された為、投下目標を変更し、、午前10時30分頃、小倉市上空を離脱した。午前10時50分頃、長崎上空に接近するも、そこは厚い雲で覆われていた。目視爆撃が不可能な場合は太平洋に原爆を投棄せねばならなかったが、雲の切れ間から長崎市街が一瞬眼下に覗いた。高度9000メートルからMk-3核爆弾ファットマンは投下され、1945年8月9日午前11時2分、長崎市街中心部から約3km離れた別荘のテニスコート上空、高度503mプラスマイナス10メートルで炸裂した(松山町171番地)。
投下機を含む二機のB29は長崎市上空を旋回、被害状況を確認し、テニアン基地に攻撃報告を送信した。 
 長崎を090158Zに有視界で爆撃した。戦闘機の迎撃も、対空砲火もなし。結果は「技術的には成功」といえるが、他の要素のため、次の行動に移る前に、会議が必要である。外見上の効果は広島と同じ。

長崎原爆はプルトニウム239を使用する原子爆弾で、TN火薬22キロトン相当、広島原爆の1.5倍の威力であった。
当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約14万8千人が死傷、建物の約36%が全焼または全半壊したという。 
 東洋一の壮大さを誇った浦上天主堂も無惨に崩れ落ち、被曝したマリア像が、深い悲しみと怒りを伝えることとなった。その表情を前にして、何を語れるだろうか。

2007年8月6日月曜日

22645日

今年も8月6日の朝が明けた。22645日前の8月6日も、月曜日だった。
人が人がどれほど残酷になれるのか。人類が愚かさを示した月曜日だった。

アドルノの「アウシュビッツ以降、詩を書くことは野蛮だ」という言葉は有名だが、その意味は深遠だ。
社会、文化批判であることは明らかだろう。アウシュビッツ強制収容所におけるユダヤ人大量虐殺という野蛮な事態を産んだ文化の上では、無邪気に詩を書く事など出来きない。そんなところだろうか?

ヒロシマ以降、人類愛を語ることは虚構だ。

未来は愛と平和に満ちているのだろうか

2007年8月5日日曜日

夏の風味



チェーン展開の天麩羅屋では、江戸前の粋を感じる「つな八」が一番のお気に入り。
なかでも、「蛤の姿揚げ」は外せない。ホクホクの蛤と細かくスライスされた椎茸の香りがほのかに香り、美味この上ない。
さらに今日は、夏の風味、稚鮎と鱧もいただいた。
大満足

太陽の卵は禁断の果実?


大好物のマンゴーをいただいた。
「太陽の卵」とは宮崎産完熟マンゴーに冠する美辞らしいが、実にお見事なネーミングだ。では、沖縄産完熟マンゴーは?
香り高く、甘みと酸味の絶妙なバランスの果実。
ただただ、神の恵みに感謝。
エデンの園で禁断の果実がマンゴーだったら、原罪も甘んじて許すべし

2007年8月4日土曜日

花火大会



夏の風物詩といえば、花火。
例年8月の花火大会の夜は、花火好きの友人をお招きするのだが、今年はあたふたとしてお招きする機会を失った。もしかしたら、十年以上ぶりのお客様のいない花火の日。

2007年8月2日木曜日

KFCとジャングルジムの思いで

何故か猛然と「ケンタッキー・フライドチキン」が食べたくなった、そんな時は「お届けケンタッキー」。
ビールがすすむ。

昔々、クリスマスイブに行きつけの飲み屋の席が空くのを、友人数名と近くの公園のジャングルジムの上で待つことを恒例としていた時期があった。
 つまみはいつも、ケンタッキー・フライドチキン。ビールを飲み過ぎると、ジャングルジムから落ちそうなる、その緊張感が酔わせない......。
だが、公園そのものが斜面だったので、「席あいたよ」と呼びに来られて、ジャングルジムから降りると、いつも平衡感官を失い軽い眩暈を覚えた。
 イブの夜は、そんな感覚で始まる。若き日の想い出。

2007年7月30日月曜日

与党大惨敗の朝

昨日の参議院議員選挙は21回目になるという。
第1回は1947年、この時の全国区最高得票で当選したのは製薬王と云われた星一氏、星製薬創始者で現・星薬科大学は氏が社内に設置した教育部が母体になった。1908年、1937年、1946年の3回衆議院議員にも当選しており、1918年にSF小説も発表(氏の子息はSF作家の星新一)、野口英世のパトロンでもあったらいしい
こうしたマルチな才能が、まさに良識の府にはふさわしい人材であったと思えるのだが、さて60年後の昨日はどうだっただろうか。

2007年7月29日日曜日

キムチの王様


「風の勇気」に力を得て、観劇をご一緒した面々とメトロポリタンプラザの「ちゃんと」へ。
休日の池袋駅構内はさすがに賑やか、そんななかをを求めて一目さん。店集合のK嬢を加えて、総勢7名で日の明るいうちからの開宴となった。
ちゃんとは、チェーン展開の居酒屋だが、このところのお気に入り。価格も割安感があり、メニューが豊富ではずれがない。さすが、美食酒家。とくに、「キムチの王様」(写真掲載)はお気に入り。
注文に応じる若者は良くとおるバリトンで「承知しました。有り難うございます。」と、元気で心地よい。訊けば、役者を目指して修行中とか。
頑張れ、若者 君の未来に乾杯

「カレッジ・オブ・ザ・ウインド」

演劇集団キャラメルボックス公演「カレッジ・オブ・ザ・ウインド」を観にサンシャイン劇場へ。雨のぱらつく中、劇場に到着すると、なにやら少々異様な混雑状況。何とお向かいの会場では、「ウルトラマンフェア」が開催され大盛況。
「カレッジ・オブ・ザ・ウインド」は今回が再々演、1992年が初演こそ観ていないが、2000年の再演はと今回で二度目の鑑賞。今回は、主役のほしみをTVでも顔を見ることの多くなった高部あいが演じ、テーマソングが小田和正。

夏、大学生の高梨ほしみは、家族6人でキャンプに出かける。それは、家族おもいのほしみが提案して始めた年に一度の家族の行事。だが・・・・・・・・・・・・・・・・・・     ほしみが家族と過ごす、最後の夏……。
でも、風の勇気(カレッジ・オブ・ザ・ウインド)が、ほしみを守る。


必死にほしみを演じる高部を、キャラメルボックスの役者たちが見事にサポートし、テンポの良い芝居を作っている。時に上滑りしそうなギャグがスパイスになるのは、本線の確かな芝居があるから。ほしみの叔父とその妻を演じる大内厚雄、岡内美喜子の芝居は、劇団ベテランらしく安定感があって見ごたえがある。
見える見えないとか、聞こえる聞こえないとか、キャラメルボックスの作演出・成井豊の十八番といえば十八番。だが、そんなかでもこの物語は、事故で家族全員を一瞬にして失ったということから始まって、さらに物語中で登場人物が死ぬという悲劇が続く。その悲劇をただの悲劇のままでは終わらせないのが、成井キャラメルボックス。中盤からの泣かせどころ満載に、落涙は禁じ得ない。

「また会おうね。また来年の夏に」

その台詞に、妙に納得した連れ合いは、「なるほど、お盆ってそう言う意味ね。」と。

投票率を上げるには -マイナス投票の提案ー

今日は、参議院議員選挙。実は、TVの選挙速報番組が大好きなので、もうワクワクしているのだが、投票は既に終えている。ここ10年以上は、指定された投票所ではなく、(かつては不在者)期日前投票所で投票している。
近所の知り合い(そう多くはないのだが)に見られながらの投票が嫌だったのが、当初の理由だが、投票日を日曜日一日と考えるより、期日前投票から数日間と考える方が、気分としては余裕ができる。
先日のニュース番組によれば、その期日前投票が今回は5割り増しだという。明らかに、投票行動が意思を持ち結果を求めている結果だとしたら、この国もまだ少しは未来に希望があるかも知れない。
だが、投票用紙を前に鉛筆を握るその瞬間でさえ、右顧左眄、首鼠両端、誰の名を書こうか手が止まることがある。
「(1票を)入れたい人がいない」という投票棄権の理由は、誠に切実で納得できる。
 ならば、「マイナス投票」はどうだろうかと、以前から思っている。「この人だけは当選して欲しくない」という人に、マイナス1票 それじゃつぶし合いになってしまうかも知れないので、マイナスの1票は-0.5(あるいはマイナス投票率×1票)票として、通常のプラス投票から差し引く。少なくとも、投票率は上がると思うのだが。
 得票がマイナスになる候補者も出るかも知れないが、........そんな嫌われ者は選良たる資格無し、はっきりと御自覚していただこう。

2007年7月26日木曜日

喜鵲樓酒家





興奮冷めやらぬと云うより、じんわりと心にしみこむような芝居を観たあとは、お気に入りのチャイニーズレストランのひとつ喜鵲樓酒家で、早めの夕食。
天王洲シーフォートスクエアにあるここは、窓から運河と新幹線が見える。
京浜運河を挟んだ対岸は品川埠頭、そlこに新幹線の引き込み線がある。引き込み線は、JR東海大井ターミナルの新幹線車両庫へつながるらしい。
 16周年を迎えるという喜鵲樓酒家は、都市型商業施設における失敗の見本とも思えるシーフォートスクエア(店舗の入れ替わりが激しく、空き店舗スペースも多い)にありながら、私の知るかぎり10年以上にわたって高いレベルを保ち続けている。
思い出も多い。、今や12歳になる駄犬が生後2ヶ月半で我が家にきた直後、ここで食事をしながら相談して、命名した。むろん、当時「小さい」からドイツ語の「Klein」をとって、「クライン」となったことを、御本犬は知る由もない。修業時代からの友人の一人で、今や九州某県で学部長まで務めるY女史の学位修得を祝ったのも、ここだ。
今日は、「芝海老と黄ニラの塩味炒め」と「牛肉と苦瓜の豆鼓炒め」がスペシャリテ。ともに味は少々濃いめだが、過不足ない火の通り加減で美味い。いつもならのあとは、紹興酒なのだが、メニューで「中華に合う」と薦めていたシェリー酒を試した。やや辛口のオロロソの濃厚な味わいが、成る程、中華の油を切っていく。なかなか、おつなマリアージュに満足。中華4000年が育んだ文化が、ユーラシア大陸の遙か彼方イベリア半島の恵みと出会ったことに、乾杯

「錦繍(きんしゅう)」


天王洲の銀河劇場(以前はアートスフィアといった)で、「錦繍」を観賞。宮本輝の原作小説を、 ミュージカル『レ・ミゼラブル』『キャンディード』『ベガーズ・オペラ』などで知られる英国人ジョン・ケアードが劇作・脚本・演出、音楽担当の若手尺八奏者・藤原道山が生演奏で 参加、出演は鹿賀丈史、余貴美子、高橋長英、馬渕英俚可、西川浩幸、西牟田恵ら。

ちなみに、【錦繍(きんしゅう)】とは、 (1)錦(にしき)と刺繍(ししゆう)をした織物、立派な衣服。 (2)美しいものをたとえていう話。

 往復書簡の形で書かれた原作小説の世界をほぼ忠実に舞台化し、静謐な空気が漂う。
「前略。蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて本当に想像すら出来ないことでした。」
 偶然10年ぶりに、前夫・靖明と再会した亜紀が、衝動的に書いた手紙からを幕を開け、非常に簡素な舞台装置のなかで緻密な演出が、実に演劇的な空間を創り出した。演技とは肉体表現だったのだと再認識させるような、小道具と云えば主人公二人が持つ手紙ぐらいのなかでの演技は、役者の生の力量を曝す。だが、遜色を感じる者はいなく、迫力さえ感じさせる。
 様々な、時に劇的な場面展開があり、藤原道山の尺八が鮮烈な効果を演出する。さらに、モーツァルトのレクイエムが印象的だ。だが、何故か全体は緩やかで心地よい主旋律が流れているようで、それはまるでバッハのフーガを聴く感覚にも似る。
 芝居は、運命に翻弄され、別の道を歩みながら、生と死を見つめることになった主人公二人が手紙のやり取りで過去を振り返る形で進む。
 「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれない。」
 劇中で何度も語られるこの言葉は重く暗いが、実は、死ではなく生への信仰告白であったのかもしれないと、感じられ..........
やがて舞台は、希望を呈示して幕を下ろす。
 人間のもつ業の深さ故、運命に翻弄され、苦しみもがこうとも、いつかは真実の愛に出会い癒される。 
 まさに、
 業が紅く染めた血は拭われ、世界は錦繍の文様に飾られる。

大人が見るべき、よい芝居だった。

2007年7月22日日曜日

浅蜊フライ


7月22日。今晩の新作は「浅蜊のフライ」。元来、連れ合いの実家である鶴見のうちでは、浅蜊の剥き身を葱とかき揚げにするメニューがあった。葱嫌いの私の為に葱が玉葱に変わったが、このかき揚げが絶品。浅蜊のジューシーさが閉じこめられ、玉葱の甘さとあって口の中で広がる どうも、鶴見あたりでは珍しくもないかき揚げらしいが、他では見かけない。駅ビルの魚屋でも、生浅蜊の剥き身を売っている土地ならではか。
 昨日、生麦魚河岸通りの魚屋のおばちゃんに、「・・・そうそう、かき揚げも美味いよね。でも、フライも美味いんだよ。ほら、こういう風に串に刺して、揚げるんだ、やってご覧」と、実演つきで秘術?を伝授された連れ合いと、「お茶屋のおかみさんが、わざわざ駅向こうのおそば屋さんまで食べに行くんだって。ビールが美味しいらしいわよ」と鶴見情報通の義母(揚げ物上手)が共同制作した「浅蜊のフライ」。浅蜊の大きさの割に衣が多いというアンバランスはあったが、それは初制作故に致し方なし、が、これまたおつなもの。たしかには進む。
また、海ご飯のメニューが増えた

2007年7月21日土曜日

海の幸


朝、連れ合いが生麦で仕入れてきた海の幸で、晩餐
何と言っても初夏といえば、「新子(小鰭の子)」だ。特に今晩のは、一匹が小指大。それでもしっかり小鰭の味がする。さらにやはり、時季もの「生鳥貝」、「本ミル貝」、「赤貝」、「平貝」、青森産という「蝦蛄」も旨い。「ほや酢」もたまらない、アミノ酸たっぷりの濃厚な味と爽やかな苦味のアンサンブルが、今日は特に絶妙
「もう、バカ屋が一軒もなくなっちゃったみたい」と、連れ合いの報告。青柳(バカ貝)だけを売る我が家での通称「バカ屋」が、生麦魚河岸通りには2,3軒あった。
 「(青柳は)フライも美味いんだよ」と、教えてくれた老夫婦二人の小さな店がなくなって久しい。たまたま店じまいの日に行き合わせて買い物ができたら、「いつも買ってくれて有り難うね」と、何度も何度も頭を下げて見送ってくれたおばちゃんは元気だろうか。
 おばちゃんが教えてくれた「バカのフライ」は抜群に美味い。が止まらなくなる
そして、最後の「バカ屋」もなくなったという。

陳麻婆豆腐




7月21日、昼食は本格正統の麻婆豆腐を陳麻婆豆腐で。こちらは二回目の訪問。
飾り気など無いシンプルな小丼でだされる麻婆豆腐は、豆板醤の赤に豆腐の白のコントラストが鮮やか、さらに油がつやを出して眩しい。立ち上る芳香は、すでにそれが、ただものでないことを主張する。「日本人、おまえに正統がわかるのか」  
 中国四千年に敬意表し、心してレンゲですくうと、静かにそれを白飯の上にのせる、とろみのある麻婆ソースが米粒の間を流れ落ちるか否やで、再び飯ごとすくい上げて口にいれる。瞬間、舌を打つ辛みと旨味、鼻に抜けていく濃厚な香り、頭の芯に響く。
辛い
容赦なく辛い
だが、辛みとは深みであると、確かな実感が確信となる。
気分は四川
 咀嚼嚥下後に舌に残る痺れを楽しみながら、はるか四川省成都からのおくりものに感謝
麻婆豆腐の丼にはペッパーミルが添えられる、中身はなんと(当たり前か?)花椒(ホアジャオ)だ。
いわゆる中国山椒、英名 Szechuan pepperで、日本の山椒(英名Japanese pepper)とは同属別種カホクザンショウ。漢方では蜀椒とも呼ばれ健胃、鎮痛、駆虫作用があるとされているらしい。

挽きたての花椒を加えると、麻婆豆腐はさらに刺激を増す。
だが、汗は止まらない

2007年7月18日水曜日

初もの


中国からお取り寄せ(「最近中国産は危ないって云うけど、これは大丈夫だって」と注釈付)の松茸を頂戴した。初もの、大好物の土瓶蒸し煮にていただく。
香りは「今ひとつだった」とSさんのご感想だったが、いえいえお見事 しかも姿も立派(カナダ産の白キクラゲ様とは違う)、こればかりは中国産に感動、感謝

タンカレーNo.10

日曜日の夜は久しぶりにホテルにいた。夕食後はバーで一杯。カウンター越しに、いつものように「ドライ・マティーニを」と注文。すると「ジンのご指定はございますか?」と尋ねられた。この問はたまにあるが、いつも答えは決まっている。「こちらのスタンダードで結構です」と言おうとすると、一瞬早く「タンカレーNO.10というのがあるんですが、いかがでしょか?」「えっ、ナンバー・・テン・・? じゃそれで」。ついつい悪戯心に灯がついた。
マティーニはドライが真髄、だからジンはドライ中のドライ、タンカレーだ、と。一杯目のマティーニに満足できないと、「ジンはタンカレーにしてもう一杯」と注文していた生意気盛りの頃もあった。
今はバーテンダーとの邂逅を楽しみ、その技を知るためにジンは指定せず二杯目も注文しない。
目の前に取り出されたタンカレーNO.10は、今までのタンカレーの無骨なイメージのボトルとは全く違って、洗練されたスマートなデザイン。
そして、それでできあがったマティーニは、ドライだがことなくソフトな華やかな、初体験の味わい
もう少し味わったくて、「さっきのNO.10でジントニックを」と二杯目を注文。
初夏の夜、新たな出会いにごきげん。

2007年7月15日日曜日

台風4号せまる東京タワー



頂きを 雲につきさし 嵐まつ

  
                                  7月14日18時半  芝公園にて

絶品 「目白 太古八」



13日夜は、目白「太古八」で会食。このお店、今回会食のお相手の行きつけだそうで小生は初見参。目白駅からもほど近く目白通りから一本入った目立たないところにあるが、凄い、とてつもないハイレベル。
 いわゆる創作和食というのかも知れないが、正統真正な会席料理をはずさない、繊細な食材の特徴を見事に活かし、しっかりとした味わいに昇華させている。
今晩のような会合は、話が中心になってしまうので料理の味は大方記憶が薄くなるのだが、ここは違う。鮮烈だ。 
まず最初の出された麦茶から、もうただものではない。控えめな香ばしさと爽やかな香り、美味い。
やがてメンバーが揃い、うすはりのグラスで出される生ビールが喉を潤す。
「水なす」といって供されただろうか、出し汁をふくませた茄子、添えられた赤胡椒がほのかなアクセントとなって印象的。
 苦味という味覚が好ましいものだと実感させる稚鮎と口直しになる手長海老の揚げ物。
 敢えて山葵を醤油に溶いて上からかけるように奨められた本鮪の刺身、成る程脂が鮮烈な山葵の香りで切れていく。
 広島太田川産の鮎の塩焼きは当然頭からガブリとやる。
 眩しいほどオレンジ色に輝く利尻雲丹のゼリーよせ冬瓜添えは上品な薄味でほっとさせる。
 オックステールシチューとのチョイスに迷いながら選んだ名古屋コーチンのもつ煮、雑味のない味に観劇して一気に。
  デザートに出されたスモモ、ブルーベリー、そして飾りのように添えられた超ミニトマトのどれが、しっかりとした味でご立派。大満足だった。


おそらく、昨今いただいた和食のなかでは、間違いなく一二を争う美味さだった。

2007年7月13日金曜日

朝顔が見守る住宅展示場の謎


犬の散歩コースに朝顔の立派なうちがある。涼しげな青の朝顔が壮観だ。朝顔の漢名は牽牛、古代中国では高価な薬で牛と取引されたほどのものだったことに因むという。これ程の朝顔なら、牛何頭分だっただろうか。

さて、朝顔のうちからほど近く、「**駅周辺町作りのための土地」と市役所が立て看板を立てている場所だが、ご立派な住宅展示場となっている。
片目にみながら、いつも、住宅展示場と町作りの深遠な関係を悩んではいるが結論がでない。かつては、国鉄民営化後に北海道からJR東日本に転籍した人と家族の為の住宅があった場所、その後一時期はコスモスが咲き乱れる広場だった。
 好むと好まざるとに係わらず人生を翻弄された家族の思いを、コスモスが優しく抱き、今はそこでは新たな幸せを夢を語る若い家族が憩う、それを朝顔は見守る。

市が管理する土地が住宅展示場になった謎はいつか解いてみたい。

2007年7月12日木曜日

きっと、未来とつながって.....欲しい


市役所で見かけたさわやかポスター、なきたる参院選挙の宣伝「きっと未来とつながっている」
とても「(明るい)未来とつながってる」とは思えない昨今の世相を思うと、(語尾は?)断言ではなく希望的観測に解釈できるのだが

2007年7月11日水曜日

追憶のヴァンセーヌ


都内に出かけた連れ合いが洋風惣菜を数点仕入れてきた。ある日の夕食はそれが並んだ。ついついワインもすすむ。
渋谷にかつてヴァンセーヌというビストロがあった。さほど広くはないが、清潔で明るい店内は居心地よく、フランス帰りの酒井一之シェフの気取らず正統なフランス料理が素晴らしかった。フリュート型のシャンパングラスで供された伊勢エビのコンソメスープのエスプリに感動し、ロックフォール風味のソースでいただく鹿肉のステーキの初体験の味に唸り、鴨胸肉のソティのあとで出された骨付き腿肉のグリルの量に驚き、何度となく驚嘆と歓喜にみちた至福の時間を過ごしたことだろうか。
今、ヴァンセーヌはないが、なんと池袋ショッピングパーク(ISP)でその料理のいくつかが手に入る。それを肴に、追憶のビストロ ヴァンセーヌに乾杯 二本目のワインがあいてしまった。